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東京バカッ花

 室井滋のエッセイ、「東京バカッ花」を読んだ。 以前「室井滋のエッセイが面白い」と誰かから聞いて、それをたまたま思い出したため古本コーナーで100円だったものを買った。 室井滋さん、早稲田大学社会科学部7年中退というなかなかイカした経歴の持ち主。この本は故郷を飛び出してやってきた東京での大学在学中のエピソードを盛り込んでいる。怪しいバイトの話、奇人・変人な先輩や友人の話、警察の取り調べを受けた話などを面白おかしく書いている。 特に印象深かったのはあとがきだった。以下、一部抜粋 「東京でひと花咲かせてやる」 田舎から新しい生活の場を求めて初めて東京へやってくる人には、誰にも上京の夢とドラマがある。(中略) 私はお金持ちになりたいとか(略)、特別な野望や大志をいだいて上京したクチではなかった。 それでも何か……言葉にならない……何か、私なりのひと花を咲かせたいと希望に燃えていたに違いない。 僕が今こうして生活しているのは東京ではないけれど、地元から遠く離れた地にいる。地元にも大学はある。なんなら進学せずに就職したってよかった。それなのにここにいるのは、何か掴みたいものがあったからのはずだ。 しばらくそんなもののことは忘れてしまっていた僕はもう田舎に帰ってしまえばいいのかもしれないとも思ったけれど、言葉にならないぼんやりとした何かがまだある気もする。 自分を見つめ直してもう少し頑張ってみようと思えた一冊だった。 https://www.amazon.co.jp/dp/B076VM5395/ref=dp-kindle-redirect?_encoding=UTF8&btkr=1

歩く

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 とにかく暇だった。 アレ のせいで帰省を自粛したため、やることが全然ない。まあ、実家にいても大掃除をする以外はほとんどゴロゴロしているだけなのだが。こんなことなら年末年始の短期バイトでもすればよかった。 そんなわけでとりあえず歩いてみることにした。 歩くといえば田舎者あるあるに「都会人の歩くスピードに驚く」というものがある。僕も生来歩くのがゆっくりで、今日も自分より40歳以上は年上であろう、頭髪が真っ白のおばあさんに追い越された。自分のなかでは早歩きをしていたのに、追い越された。 ふらふらとよそ見というかいろんなところを見回しながら歩いているのが田舎者というか、僕の特徴だ。この季節は椿だか山茶花だかがキレイで、生け垣があるようなところでは特にゆっくり歩いてしまっていた。 これは途中で見つけた乾電池の自動販売機(故障中)。たぶん珍しい。Nationalってのがもう時代を感じさせる。自販機といえばホットスナックの自動販売機は姿を消しつつあるという。完全になくなってしまう前に使って食べてみたい。故障中でなければこの乾電池の自動販売機も使ってみたかったのだが。 というわけで2時間と少しの間歩き続けてみた。10kmくらい日常的に歩いている人も少なくはないだろうが、運動不足の体にはけっこうきつかった。割と脚が棒になっていた。あと1時間くらいは頑張ればなんとか歩けただろうか。 帰りは電車を使ったため、最終的には12kmと少し歩いたことになった。いろんな発見があって結構楽しかった。いつかまた機会があればやってみたいかもしれない。とにかく疲れたので今日はよく眠れそうだ。

男なら・・

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 「男なら麻婆豆腐と炒飯はうまく作れ」 おばあちゃんがそう言っていた。もちろん嘘だ。 それでも麻婆豆腐と炒飯を作るときはなんだか燃える。麻婆豆腐も炒飯も簡単に調理できる"もと"が売られているけどそれは買わずに、麻婆豆腐は豆板醤とか甜麺醤とかを買って挽き肉と炒めるところから作っている。 というわけで今日も麻婆豆腐を頑張って作った。ちょっと汁気が多かったか。 ところで、最近は「男なら~」とか「男のくせに~」みたいな言い方は、好ましくないらしい。僕もどちらかと言うとナヨナヨしているほうだからそのほうがありがたいかもしれない。別にそういうことを言われて傷ついた経験もないが。それに「男らしさ」みたいなものへの憧れもないわけでもない。 もしかしたら過去に男らしい言動もしてきたかもしれないから、思い出せたらまたブログにでも書いてみよう。 以上

やっすい牛肉

 昨日と今日の晩は牛肉を食べた。 おそらく鮮度が落ちた米国産の牛肉。日が経っているのを誤魔化すためにタレに漬けてニンニクの芽も入れて売っているやつ。 以前、食べ物に関するドキュメンタリー番組を見て以来、輸入の牛肉はあまり買わないようにしているのだが、値段の誘惑に負けてしまうときもある。そもそも、牛丼チェーンには普通に行くし、そこまで厳格に控えているわけではない。 味がついていて、ニンニクの芽も入っているからパックから出してフライパンで炒めるだけでいいので調理のコストの点でもこいつは優秀なのだ。 炒めると脂がすごく出てくる。この脂がタレと絡んでとても美味いが、一度にたくさん食べようとすると胃もたれを起こしそうだ。 食べ終えてフライパンと食器を洗う。フライパンにとりあえず水を注ぐと、脂が固化していくのがわかる。これを見ると洗う気が失せる。ギットギトの脂に対抗するために洗剤をたくさん使う。こすってもこすっても脂のヌメッとした感じはなかなかなくならない。 食器洗いのコスト面ではこいつは優秀ではない。

Make Time Appを使おう

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約一年前の僕はある本( https://www.amazon.co.jp/dp/B07SD3F145/ref=cm_sw_r_tw_dp_x_h-.5Fb27Q1YBB )に出会って自分の生活を変えようとしていた。 ブログに残すくらいには熱量を持っていた( https://taihaikuukyo.blogspot.com/2019/11/blog-post.html )。 時間を無駄にせず、満足した日々を過ごせるようになるまでにはまだまだ道半ばであるが、今でもいろいろと模索している。 先日、久しぶりに著者らが運営しているウェブサイト( https://maketime.blog/ )を訪れてみると、今年の10月ごろにMake Time Appという著者らのノウハウと照らし合わせて作られたアプリがリリースされたようだった。 https://apps.apple.com/us/app/make-time-app/id1535796091 https://play.google.com/store/apps/details?id=blog.maketime.app 以上がそれであるが、日本語対応がされておらず、また、なんとか英語を読んで使っても意図があまり読めないような気がしたので僕が本と照らし合わせて簡単に解説していきたいと思う。 最初に起動すると以下のような画面が現れる。 このアプリは生産性を高めるためのアプリではなく、仕事や娯楽(※)の誘惑などがあるなかでいかに自分がやりたいこと(たとえば著者の一人は冒険小説を書きたいと思っていたのにそれができていなかったという)のための時間をつくるためのものであるということ、そしてそのステップは ・HIGHLIGHT(その日意識と向けて取り組みたいことの設定) ・LASER(設定した目標に取り組むための工夫) ・ENERGIZE(集中するために必要なエネルギーを確保する) ・REFLECT(その日の取り組みの評価) というサイクルからなる、みたいな説明になっている。 ※娯楽そのものを悪としているのではなく不本意に時間を奪われがちなのでそれをなんとかしようという話。 決まった時間になるとHIGHLIGHTとREFLECTをするよう通知してくれるので必要なら Turn on を選ぼう。 画面下はHightlight、Laser、Re...

幼き日のクリスマスの思い出

言うまでもないが今日12月24日はクリスマスイブである。幼い子をもつ全国のお父さんお母さんが、子どもにバレないようにコソコソと秘密裏に動く日である。そして明日の朝には子どもの枕元などにプレゼントが届けられ、子どもたちは大喜びする。この時期になるとよく「いつ頃までサンタクロースの存在を本気で信じていた?」なんて話をしたりしなかったり… 自分がいつまでサンタクロースを本気で信じていたかは記憶にないが、「朝起きたらプレゼントがあった!」というのは小学一年生までで、そして小学二年生でほしかったおもちゃを買ってもらって以来クリスマスプレゼントという名目で両親からなにかを貰ったことがないのは確かだ。僕がサンタクロースの存在を信じていないことを親が察してそういう形になったんじゃないかと思う。つまり、早ければ幼稚園児の年長ごろ、遅くとも小学二年生のころにはサンタクロースなんて信じていなかったのだろう。 その代わりというわけでもないだろうが、時期に関わらず、僕が本気で頼めば、両親はそれを買ってくれたし、いい親だとは思っている。もちろん、なんでもやたらめったらに買ってもらったわけではない。子どもながらに自分の家の家計の状況はそれなりに察してはいたし、スポーツ用品とか、図鑑などのちょっと値の張る本を年に3回くらいねだっていた記憶がある。そもそも物欲があまりなかったような気もする(し、今だって本気で手に入れたいモノなんてほとんどない)。 子どものころの僕はなんだか生意気なヤツで、親からクリスマスプレゼントを貰わなくなるのを大人への一つのステップだと思っていて、それを誇らしく思っていた節さえある。嫌な子どもだ。そんな僕が今は大人になりたくないと駄々をこねているのもまた面白い。 まあとにかく、日本では今やクリスマスイブというのは恋人たちがともに過ごす夜に成り代わっているが、欧米では家族と過ごす大切な日という認識が強いようだ。自分をここまで育ててくれた両親を思って過ごす夜にしようと思う。

小市民、ここに居り。

 春期限定いちごタルト事件 を読んだ。いわゆる「小市民シリーズ」の第一作。 僕のそもそもの夢というか目標も小市民然として淡々と生きていくことだったような気もする。 高い位についていなくても、発信力がなくても、メディアに取り上げられたりしなくても、小市民然としながら、それでも人格や技術に優れた人はたくさんいる。それを小市民の星と呼ぶのかもしれない。 人に賛美されることがすべてではない。名を売ることだけがすべてではない。小市民にも小市民の誇りがあるが、小市民であるが故にそれを人前に出すこともなく、淡々と小市民然として過ごす。それだって簡単なことではないし、成し遂げられたら素晴らしいことだと思う。 僕もいつか小市民の星を掴みたい。 インターネットとかSNSの発達で多くの人の生活や日常を覗き込むことができる今、僕たちはいつの間にか妬みとか羨みから発生する欲求ばかりに気を取られがちだ。でもそれに振り回されて自分の本来の欲求・目標を見失うのはとてももったいないことのような気がする。 「足るを知る」ということを心に留めつつ、努力していきたい。 こんなことを言っていると「小市民の負け惜しみ」だなんて思われるかもしれない。それでもいい。事実、僕は小市民なのだから。

12月21日は遠距離恋愛の日だったらしいです

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 今日知ったのだが12月21日は誰が定めたか、遠距離恋愛の日だったらしい。僕がなにか因縁めいたものを感じていたのもそのせいかもしれない。まあ遠距離恋愛の経験などないのだが。 遠距離恋愛といえば自分が高校生のころ、物理の授業で普段はあまり授業に直接関係ないような雑談をしない先生が「万有引力の法則と遠距離恋愛は同じ」なんて言っていたのが印象深い。 物体の質量を表す M,m が二人の愛の大きさ?強さ?に相当し、 G は定数、 r は距離で距離の二乗に反比例するから距離が離れると急速に心が離れていって遠距離恋愛が成就しにくくなる…みたいな話だった。実際、自分の周囲の実績と照らすに、150km以内くらいならそれなりに続いているがそれを超えてくると別れる割合が大きいように思えるから面白い。 これを聞くとこの先生がロマンチストなんだろうかという気もするが、谷川俊太郎の二十億光年の孤独という詩の一節、「万有引力はひき合う孤独の力である」に対し「万有引力は2つの物体が存在してはじめて生じる力だからこれは違う」みたいなことも言っていたからおそらくそうでもないのだろう。 というわけで今日は自分のしょうもない昔話でした、以上。

12月21日という日付になにか因縁があった気がするのだが。

  12月21日という日付になにか因縁があるような気がするが思い出せない。 今日は7時前に起きてコーヒーでも飲もうとマグカップにインスタントコーヒーの粉を入れ、電気ケトルでお湯を沸かしている間に二度寝してしまっていた。起きて支度をしていたらもう家を出なければならない時間だったため、今もマグカップにコーヒーの粉は残ったままだ。 外に出ると空には雲が少なく、さっぱりしていて冬の冷たい空気が気持ちよかった。 ==================================== そういえば昨日はフローリングワイパーを買いにホームセンターへ行った。今まで床をキレイにする術といえば掃除機と雑巾くらいしかなかったのだが、今更になって床の状態が気になり始めた。普通、一人暮らしの最初のほうに買っておくものだと思う。 それにしてもホームセンターはワクワクする。ホームセンターと100円ショップと家電量販店と大きい書店は僕のなかのワクワク四天王だ。大きい書店や家電量販店は自分の全く知らない世界を開いてくれるような感じがする。100円ショップやホームセンターは「それ本当にいる??」というくらい特定の作業に特化した便利道具を見るのが楽しい。買う気にはならないけどちょっとした不便さや面倒さを解決するための機構を見て「いいところに目をつけたな~」とか「なるほど、そういう仕組みになってるんだ~」とか思うのが楽しい。 昨日は目的があってホームセンターに行ったが、暇なときに目的もなくホームセンターや100円ショップや家電量販店や大きい書店に行くのもいいよなと改めて思った。 100円ショップなどの面白い便利グッズやなんとなく訪れるのが楽しい施設があったら教えて下さい。

麒麟の翼

Amazonプライム・ビデオで麒麟の翼という映画を見た。8年も前のそこそこ有名な作品で今更ネタバレもなにもないかもしれないが、念のため概要だけを言うと、過ちを犯した中学生を教師が庇護したばかりに、因果が巡り巡って悲しい殺人事件が起きてしまったという内容だった。 自分も中高生のときはいわゆる悪ガキで、さまざまな悪だくみをしていた。そして全ての悪事は暴かれ、いつも厳しく叱られた。自分のやったことは所詮平凡な人間の考えることだから、映画の少年たちがやったことと比べればかわいいものだが、一度でも自分の悪だくみが上手く行って味をしめてしまっていたら取り返しのつかない悪事にまで手を染めていた可能性もなかったとは言えないだろう。何度も何度も間違えて、その度に叱りつけてくれた周囲の人たちには感謝しなければならないと感じた。おかげで自分は今、自称:善良な市民として生活することができている。 自分はまだまだこれからもさまざまな人から導いてもらうことが何度もあるだろう。同時に、長い人生を生きているうちに、誰かを導いてあげなければならないことがあるかもしれない。そのときは、その場が丸く収まればいいと考えるのではなく、長期的な視点、広い視野をもって正しい(と少なくとも自分は考えている)道を示してあげることができたらなと思う。

2020年12月第3週

  先週の金曜日に謎の疲労感から早寝して以来、早めに寝て早めに起きるサイクルが戻りつつある。謎の疲労感、ありがとう。 3日前初雪が降った。少しする間にみぞれに変わり、すぐに止んだが、なんだか胸が高鳴った。昔から、初雪が降ったときはすごくテンションが上がった。雪が降って嬉しいとまだ自分が思えることが意外だった。昨日の朝も大学敷地内の芝生エリアがうっすら白くなっていていい景色だなと感じた。 今週はなにかと意識高い(系の?)やつの会話が耳に入ってくる週だった。 「なーにがシューカツだ、なーにがインターンだバカ野郎」と思った。 やつらから感じる選民思想みたいなのは何?こっちが勝手に引け目感じてるだけかもしれないが。 このままだと悪口ばかりになりそうなので今週の嬉しかったこと、感謝したことを。 ・雪が降って少し嬉しかった ・自分でつくった炒飯が美味しかった ・今週も飯が食えて着るものがあって雨風を凌げる寝床があったことに感謝

2021年カレンダーをつくろうとした話

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 年の瀬である。年がかわるとたいていのカレンダーは役目を終え、新しいカレンダーを設置することになる。僕も2021年用に「1年前のできごとカレンダー」を作ろうと思った。日記をつけているわけではないが、僕にはGoogleマップのタイムラインが機能がついている。 タイムラインを参照しながらスプレッドシートに入力していく。 正直予想はできていたが、やってみると思ったより情報が少ない。ただでさえ出無精なのに3月末ごろからはアレのせいでますます一日中家で過ごすような日が増えてしまっている。そうでなくとも位置情報から思い出せる情報ってすごく少ない。 というわけで計画は頓挫したが、ブログを週4以上のペースで書くというのを継続できていれば1年の半分以上はなにかしらの記録があるということになるから2022年のカレンダーには期待できる気がする。 というわけで「継続は力なり」を頑張っていきたい。

こんなときだからこそ夏のうたを歌いたい

  最近、はちゃめちゃ寒い。夜はエアコンの暖房をつけるのだが、狭い部屋に対して窓は大きいため、外気の影響を受けて床がとても冷たく、足がとても寒い。朝は暖房はつけずにコーヒーを飲んで温まろうとするが少し経てばすぐ寒くなる。 今朝、寒いな~と思いながらyoutubeを開くとフロントメモリーがホームの上のほうに来ていた。夏に聴きまくっていたから、ときどき出てくる。 https://youtu.be/JGgULncKDBM 夏の歌を歌えば気分が夏に寄って寒さが吹き飛ぶのではないかと思った。 朝の7時から成人男性が布団に潜り、枕を口に当てて熱唱した。 急にアイスが食べたい真夏日!!!!!!!!!! 外はテカテカしてまぢあっちーし!!!!!!!! 僕はこの恐怖症みたいなやつを時々感じちゃうから!!!!!!! 朝の7時から成人男性が素面で熱唱した。 結果的に普通に寒い(2つの意味で)と感じた。まず、コーヒーを淹れて飲んでいる間に布団の温もりが失われていたのが大きいだろう。もう一つの意味については言及するまでもないだろう。 僕はあまり詳しくないからチョイスしなかったが、TUBEの曲とかだったらもっと夏に雰囲気が寄って寒さを感じないかもしれない。みんなもやってみよう。

パスピエ synonym

 僕が唯一長期に渡って追っているアーティストであるパスピエが先日ニューアルバムsynonymをリリースした。前にアルバムをリリースしたのは昨年の夏だったから、収録曲のいくつかはYouTubeにMVがアップロードされているとはいえ、久しぶりにアルバムが出て単純に嬉しかった。 「プラットホーム」という曲は曲名といい、イントロといい、歌詞といい、2012年ごろに出していた「最終電車」という曲を意識している部分が感じられ、長い間追っているとこういう発見もあるのが面白いなと思った。流行りの曲だけを聴いたりするのもいいかもしれないけど、それでは味わえないものだなと思った。 ちなみに「最終電車」はprime musicで聴けますし「プラットホーム」もsynonymの中ではなぜか唯一、amazon music unlimitedではなくprime musicでも聴けるので少しでも興味を持ったプライム会員のみなさまはぜひどうぞ。

人生の味

  ここ数年で、辛いことがあったときに「これくらいのことがないと人生に味が出ない」と思えるようになった。実際、万事順風満帆にいっている人と比べるとおそらく苦しい経験も重ねてきた人のほうが人間として深みというか面白さがあると思う。 自分もそんな人間になりたい。では自分が出したい人生の味ってどんな味だろうか。 恋とか青春を甘酸っぱいと形容するのはよく聞くけど人生全体でいうと「甘酸っぱい」はなんだか嫌だ。ほろ苦い経験、なんて言葉もある。自分はほろ苦い味が好きだしそれでもいいとも思う。しかし、ほろ苦さの純度を高めていくと人生トータルでしんどいこと多くないか?ともなる。肉や甘いものを食べると幸せな気分になるが、それらが人生のベースだと胃もたれしそうだ。それに摂取のしすぎは健康を害するイメージがあるし毒々しい。 そう考えていくと最後にたどり着くのはうまみだ。昆布や干ししいたけを水に戻すとじわじわ出てくるような、あるいは発酵食品特有のうまみ。長い時間をかけてゆっくりゆっくりそれらを醸成していくような、そんな人生にしたい。僕はしいたけを目指す。

冬の朝

 今朝、今季初めて朝目が覚めたときに「温かいコーヒーが飲みたい」と思った。しかし残念ながら部屋にはコーヒーのストックがなく、少し自転車を漕いでコメダ珈琲へ行った。 店員はとても忙しそうでいくつかのテーブルには空いたカップなどが置かれたままだった。なんだか申し訳ない気分になったがホットミルクを注文した(自転車を漕いでいる間に気が変わった)。やはり店員は忙しいらしく注文してから出てくるまで少し時間がかかった。 店内には色々な人がいた。新聞を読む人、本を読む人、ノートに何か書いている人、PCで何か作業する人、スマートフォンを弄る人、同伴者と談笑する人。 なんだかいい一日になる気がしたがそうでもなかった。

トイレ

 朝目が覚めてふと思ったのが「水洗式トイレが普及・発達した時代に生まれてよかった」ということだった。トイレに関係する夢を見ていたからだと思うが具体的なことは思い出せない。 「水洗式トイレが普及した時代に生まれてよかった」というのは自分が使用するときの視点としても当然そうなのだが、例えば自分が小学生のときに、親の仕事が汲み取り作業員のクラスメイトがいたらそれを揶揄する発言をしてしまっていた確率がかなり高いと思う。だから人生の汚点が増えずに済んだという点で水洗式トイレの普及には感謝したい。こんなことを考える僕を非難する人がいるかもしれないが、小学生のころの自分の人間性になんか期待しないほうがいい。 なお、「汲み取り作業員」で検索すると今でも求人情報がそれなりにヒットする。ゴミ収集作業員などの仕事もそうだと思うが、人がやりたがらない仕事をしてくれている人がいるということを忘れないようにしたい。

継続は力なり

  継続は力なりとは言うが、もう何年も前から自分はなにかを継続して行ってきていない。このブログも約1年ほど前に週1回新規記事を書こうと意気込んだものの、全く実現の気配がない。そして今からまた同じ過ちを繰り返そうとしている。失敗を恐れず高らかに宣言しよう。 「週4回、新規記事を書きます」 週4回というのは2日に1回+α程度でしかない。冷静に考えてみるといけるんじゃないか? というわけでがんばります。

2020年の感想

  もう2020年を振り返ってもいい時期になっただろう。なんといっても今年のハイライトといえば新型コロナウイルス感染症の流行だろう。基本的にはマイナスな出来事なのだが、思うように競技活動ができない時期が続いたアスリートなどが口にしていたように、普段は考えないようなことを考えてみたり、自分を見つめ直してみる時期になったという点は、(家族を亡くした人や今も後遺症に苦しむ人のことを思うと「良かった」とは言えないが)プラスに捉えることもできる。 自分の場合は、この夏は、例年のように帰省するわけにはいかず寂しいお盆を過ごして、自分にとって家族はやはり大事な存在だなと考えるきっかけになった。また、今まで全くやっていなかったのだが、これがきっかけで家族とビデオ通話をするようになり、直接会うことができない中でつながりを見つけていくことができたのはよかったなと感じる。今は月に1回程度の頻度でビデオ通話をしており、コロナウイルス騒ぎが収まってからも続けていければなと思う。 また、今年は著名人の自殺がよく報道されセンセーショナルな話題となった。著名人でなくとも例年に比べ自殺者が増加し、これは新型コロナウイルス感染症の影響で経済的困難に直面したり、生活スタイルが変わってしまったことが要因の可能性があるなどと言われている。自殺を本気で考えている人にこんなことを言っても全く響かない(どころか反感を買う)だろうが 「雨風を防げる寝床があって、着るものがあって、飯が食えるだけで感謝しなければならない」 と自分は最近思うようになった。自殺しようとしている人を留まらせることはできないと思うが自分が本気で死にたくなる前にこれを思い出すようにしたい。 ----- 11月に入ると米英の製薬会社が新型コロナウイルスに対するワクチンの臨床試験で有望なデータがとれたと発表し、現在の状況を克服するために一歩前進したとの期待が高まった。有効性や安全性には懐疑的な声も聞かれるが自分は科学の力を信じたい。そう遠くないうちに「かがくのちからってすげー!」と多くの人が思えるようになることを願うばかりである。 以上

何度も何度も、事あるごとにこのことを肝に銘じねばならない

  事実、私たちは無自覚のうちに多大なる時間を奪われていると思います。時間を奪われていることを感じさせないような巧妙さを備えた快楽がそこここに溢れていると思います。あまりにも容易にアクセスができてしまうが故に、かけがえのない時間を日々ドブに捨ててしまっていると思います。娯楽を捨てることを推奨したいわけではないのです。容易にアクセスができるが故に、時間を失うことに対しての合意形成ができていないことを危惧しているのです。そういったなかで、わがままを言えば、アクセスするのに一定の手間があり、時間を失うということを 私たち にはっきりと自覚させる娯楽があれば素晴らしいなと思います。しかし、提供者としては収益を最大化するために、 私たち の思考力を奪い、娯楽にどっぷり浸からせようと考えるのが当然のことで、そういったものが登場するとは考えにくいです。ならば自分で工夫するしかないでしょう。たとえば動画アプリなどのアイコンを、何度もスワイプをしなければ起動できない位置に配置するだとかそういう工夫ができるでしょう。アプリ開発とかができるなら、そういう類のアプリを起動する前に警告文が表示されるランチャーアプリを作るとか面白いんじゃないかと思います。 こんな時代だからこそ、「不便さ」に価値を見出していきませんか? 無自覚のうちに時間を奪われないようにする方法、いろいろ教えて下さい。

No.5583 ショウリョウバッタ

 ランダム単語ガチャ( https://tango-gacha.com/ )で出た単語について適当に書きます。 「ショウリョウバッタ」 日本全国に分布し、比較的よく見られる種だというから、普通にバッタと呼ぶとショウリョウバッタをイメージする人が多いのではないだろうか。ショウリョウって何だろうかと幼いころは思っていたがWikipediaによれば「俗説で、8月の旧盆(精霊祭)の時季になると姿を見せ、精霊流しの精霊船に似ることから、この名がついたと言われる」ということで漢字で書けば精霊飛蝗になるということだから、幼少期平然と捕獲したりしていたのがなんだか畏れ多い。 バッタを捕まえて遊んでいたころを思い出して印象的なのはやはり、ショウリョウバッタが口から出すアレである。 虫遊びに馴染みがない人のために説明すると、ショウリョウバッタをはじめとしてバットを捕まえてしばらく弄っていると奴らは口から茶色の臭い液体を垂れ流すのである。アレの正体は「消化液を含んだ、草などの繊維の混じった半消火物」( https://www.chem-station.com/blog/2019/07/locust.html )らしいのだが本題はその呼び名である。幼いころバッタ捕りに興じた同志諸兄はアレをなんと呼んでいただろうか? 幼いころ、様々な遊びを教えてくれたのは兄であった。兄はアレを「ヨウナシ」(洋梨?用無し?)と呼び習わしており、私も自然とそのように呼んでいた記憶がある。兄もおそらく近所に住む同級生や年上の子らに教えられたのだろうと思われる。 洋梨や用無しよりもこの"ヨウナシ"を先に知った私にはヨウナシとは得体のしれない悪臭を放つこの物質を指すための語だと素直に信じきっていた。それから洋梨や用無しを知っていき、ヨウナシは本来アレのためにある語ではないのでは?と気付き始める。 しかし、それに気づいたころにはもうバッタ捕りに興じるような人は周りにおらず、真意を確かめ損ねたのであった。さらに高校・大学と進学していき他地域の人と交わるようになったが未だ誰にもバッタが口から吐くゲロの呼び名について尋ねることができていない。 このブログを呼んだ人のなかにバッタのゲロの呼び名なんかを知っている人がいたらぜひ私に教えて下さい。(Twitter:@haitira1) ちなみに未...

No.6258 鉄板ネタ

 ランダム単語ガチャ (https://tango-gacha.com/ ) で出た単語について適当に綴るランダム単語ガチャシリーズ。 「鉄板ネタ」 要するに万人受けするネタ。 ----------- 大学に入ってから人との交流が突然オープンになった。もちろん、私などは高校生のころのような割と閉鎖的な交友関係に少し毛が生えた程度のものであるが、それでも初対面の人と話す機会は大学入学以前と比べると格段に増えたのではないかと思う。鉄板ネタを持っているとそういうときに効いてくる。 長い人生、面白い話はそれなりに蓄積してくるが、私の場合はどうかと考えてみると猥褻だったり身内向けだったりしてどうしても"鉄板"とは言えない。しばらく付き合えば笑ってもらえるとは思うが、初対面や浅い付き合いではむしろ白ける確率が高く全く威力を発揮できない。 では猥褻でなく下品でなく身内向けでもない話なら初対面の人・浅い付き合いの人を笑わせられるかというとそうでもない気がする。結局、その話題をすんなり出せるようにするために布石を打っていく技術が必要となる。これがなかなか難しい。 こういうことを考えていると会話は共同作業だということを意外に見落としてしまう。どう話すかだけを考えて、どう聞いてもらうか、逆にどう相手の話を引き出すかを見落としてしまう。 会話のことを言葉のキャッチボールと喩えたりするが考えてみれば巧い喩えだ。どこにどういう速さで投げれば相手が捕りやすいか考えなければならない。どこに球が来れば捕りやすいか、しっかりグラブを構えて伝えてあげないといけない。 --------- それを踏まえても、私のような話下手な人間は結局、「今日はいい天気で気持ちがいいですね」とか「最近は朝夕冷えるようになってきましたね」というような天候や気候の話ばかりになる。まあこんなもんだろう。

No.3852 方向音痴

 ランダム単語ガチャ(https://tango-gacha.com/)で出た単語について適当に綴るランダム単語ガチャシリーズ。 「方向音痴」 Wikipediaによれば 方向音痴(ほうこうおんち)は、方向・方角に関する感覚の劣る人のことをいう。音痴が変化してできた言葉。方向感覚だけでなく空間に対する認識の能力に対しても使うことがある。 ==================== 方向音痴と聞いて忘れられない出来事がある。話は高校1年の4月に遡る。それも入学式の日だ。 高校への入学式の日、何を思ったか私は予定よりもかなり早い時間に高校に到着してしまった。母親が車で送ってくれたのは覚えているから、母親の気が早かったのかもしれない。 到着し、担任の先生に挨拶を済ませてから教室に向かうともう一人、かなり早くきている生徒がいた。仮に池田くんとする。あとから知ることだが、彼は私のようなまぬけな理由ではなく、入学式に間に合う時刻のバスがその時間にしかなかった(私の住んでいた地域はかなり交通事情が悲惨な田舎だ。)からかなり早く到着していたのだ。 そんな私たちに担任は言う。 「せっかくだから後で配る冊子とか書類とかを教室に運んでおいてくれないか?」 私と池田くんは担任のあとに続いて職員室へ向かった。 「とりあえずこれとこれとこれと…」 担任は私と池田くんに何種類かの書類や冊子類を渡し、自席についた。池田くんと荷物を分担し、池田くんより先に私は職員室から出た。もといた教室に向かって歩きだす。数秒遅れて池田くんが職員室から出てくる。池田くんは私の4,5m後ろをついてくる。 廊下を進んでいき、丁字路に差し掛かる。私は自信満々に左へ曲がろうとする。 「そっちじゃなくね??」 池田くんは言った。確かによく見るともと来た廊下とは違うような気がする。振り返って反対側を見る。確かによく見るともと来た廊下のような気がする。私は赤面して正しい方向へ歩きだす。 「入学早々恥ずかしいことしてしまった…どうかコイツ(池田くん)がこんなことすぐ忘れるバカであってくれ…」 そう思いながら教室に戻った。 池田くんは第一印象では比較的大人しそうな印象であったが、実際はやんちゃなバスケ少年だった。そして勉強の成績的としては確かにバカといえるほうであったが、私の恥ずかしい行動はしっかりと覚えていた。入学後1ヶ月ほ...

No.7677 消しゴム付き鉛筆

  ランダム単語ガチャシリーズ。 消しゴム付き鉛筆 。鉛筆の削らない側に消しゴムがついているあれである。小学生のころはよく目にしたと思うが、中学生くらいからシャープペンシルをメインで使うようになったからもう随分と長い間馴染みがない。 思えば、あの消しゴム部分をしっかりと活用している人なんていただろうか。少なくとも私はそういう人に出会ったことがない。皆、持っていてもただの鉛筆として扱っていたように思う。先述したように小学生のころによく目にしたから小学生が使うケースを考えてみる。 自分が小学生のころの字を書く量・消す量を考えてみると、消しゴム付き鉛筆のみを使って勉強をした場合、鉛筆部分を使い切る前に消しゴム部分がなくなってしまうのではないか。そもそも、あの消しゴムは消しゴムとしての性能はあまり高くない(きれいに消えなかったり、消す動作が引っかかったりする)から小学生の学習には向かないのではないか。 消しゴム付き鉛筆の活躍する場面というのは、ペンケースを持ち出すのが面倒なときに消しゴム付き鉛筆一本だけを携えていくとか、講演などの出席者に配布するだとかそういうシーンなのかもしれない。もっと言えば、前者のような個人的なシーンでは消しゴムのついたシャープペンシルを持ち出せばいいから、後者のような比較的パブリックな場での、配布を前提とした利用がもっとも活躍するシーンなのかもしれない。 あれ?そうすると小学生のころはよく目にしたが最近は馴染みがないというのは嘘かもしれない。 ================================================== ここまでを書いてきて思い出した話がある。上でシャープペンシルについても軽く触れたが、それと関連して、こんな話を耳にしたことはないだろうか。 「シャープペンシルを貸したときにノック部分の消しゴムを使うやつが許せない!」 「消しゴムを貸したときに残しておいたカド部分を使われると腹が立つ!!」 考えてみれば怖い話だ。こんな些細なことで人の恨みを買ったり人間性を判定されたりしていると思うと人前で何もできない。もちろん当事者にとっては些細なことではないからそういうことを思うのだろうし、「こんな些細なことで」なんて書いてしまう無神経さに更に腹を立てるかもしれない。考えてみれば怖い話だ。おちおちブログも書けない。 し...

ネコひねり問題

  ネタがないためランダム単語ガチャ( https://tango-gacha.com/ )で見つけた単語について、そして何かしらそれに掠る話題について綴っていく。 「ネコひねり問題」 Wikipediaによると ネコひねり問題(ネコひねりもんだい、英: falling cat problem)とは、ネコの立ち直り反射(正向反射)を物理学的に説明する問題である。持ち上げたネコの背中を下にして手を離すと、ネコの体にかかる重心まわりのトルクはゼロである(よって角運動量は変化しない)にも関わらず、ネコは体を回転させて足から着地することができる。これは一見すると角運動量保存の法則に反する現象である。 とのこと。生憎私は高校物理+ほんのちょっと程度しか物理についての知識はないのでこれについてこのまま話題を広げることはできない。これから私が想起する話は"マーフィーの法則"である。 「マーフィーの法則」 Wikipediaによると マーフィーの法則(マーフィーのほうそく、英: Murphy's law)とは、「失敗する余地があるなら、失敗する」「落としたトーストがバターを塗った面を下にして着地する確率は、カーペットの値段に比例する」をはじめとする、先達の経験から生じた数々のユーモラスでしかも哀愁に富む経験則をまとめたものである(それが事実かどうかは別)。多くはユーモアの類で笑えるものであるが、精神科医や学者の中には、認知バイアスのサンプルとして捉えることが可能なものも少数あるとの見方もある。ビジネス本、自己啓発本として出版もされた。 とのこと。ではこれがなぜネコひねり問題と関連があるのかというと、マーフィーの法則として挙げられる話の一つに「食パンを落とすと必ずバターが付いているほうが下」というものがあり、それに対して「では、ネコの背中にバターを塗ったトーストを貼り合わせてネコを背中から落下させるとどちらが下になるのか?」という小話があるからである(ちなみにこれはバター猫のパラドックスと呼ばれるそうだ)。 マーフィーの法則は科学法則ではなく多くのものはユーモアの類であるからこれを知っているからといって生活になにか役立つというようなものではない。しかし、マーフィーの法則は笑い話でありながら、我々は経験則に対し極端な帰納を行ってしまうことがあるということを端...

【漫画】MIX

MIX あだち充 8月暇だったので全巻買ったのだ。 「タッチ」での明青学園の甲子園優勝からおよそ30年が経過しすっかり低迷した明青学園で兄弟バッテリーが甲子園を目指す、という話。「タッチ」に登場した人物も少し登場したりする。 まず一つ思うのは、あだち充先生の野球の動作の絵がすごく上手だということ。試合の描写はかなり簡潔でサクサク展開することから、あだち充作品は野球漫画の皮を被ったラブコメ、というようなことを言われることもあるが野球の動作を切り取った絵のひとつひとつは決して本格野球漫画にひけをとらない。 ストーリーに関してもヒロインとの微妙な距離感、野球に携わる人たちの熱い思いなど繊細に表現されていてとても面白い。

構造素子

  久しぶりに書評でも書いていきたいと思います。 構造素子 - 樋口恭介 第5回ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作の文庫版ということで平積みになっており、タイトルもシンプルでかっこよく、思わず手に取りました。 売れないSF作家だった父が死に、主人公である息子が未完の草稿を母から渡され、それを読み、続きを書き足していく、というのが大まかな流れです。途中、L-P/V基本参照モデルだとか言って物語が語られる世界が違ったりするのですが細かいことを完璧に理解しなくてもいいと私は思います(というより私もよく理解できませんでした)。 この小説が伝えたいことは、解説でも述べられているように「世界は言葉でできている」ということだったように思います。 「言葉が物語を生み、物語の中に世界が生まれ言葉が物語を生み…」「言葉で伝えることができないことを伝えるために物語を紡ぎ、物語が言葉を生み…」 いろんなかたちで言葉と物語、物語と世界、世界と言葉について語ることができるかもしれませんがすべて「世界は言葉でできている」に帰結するのだと思います。 父が綴った物語から伝わるのは、父から息子への愛情です。幼少期の主人公と父とのエピソードの描写はなかなかに胸にくるものがありました。しかしながら(解説の引用が続きますが)、解説には 「この本は(父と子の)愛の物語、ではない。『この世には一言では表せない気持ちというものがあり(愛もその一つだ)、それは物語にしなければだれにも伝わらない』ということを、複数の、互いに独立したプロットを持つ物語を投入して、描いた本である」 とあります。私は読んでいる途中完全に自分の父と自分を重ねながら読んでいたのですが、これから読む人にはそこにこだわらず「一言では表せない気持ち」にフォーカスして読んでほしいと思います。 ともあれ、著者による補記には 「全ての読みとは誤読にほかならず、(中略)全てが当然のごとく誤っているのだとすれば、誤っているという意味で正しいと言うこともでき、あなたがそう思うそういう意味で、あなたの読みは全て正しい」 とあり、私たちは好きに読めばいいということです。 とにかく、ページ数が多く、構造も複雑で難しいのですが、言葉と言葉がつくる世界について考えさせられる作品で面白いと思いました。

フード・インク(Food.inc)

プライムビデオで視聴。 食品工業を支配するのは数社の巨大多国籍企業だ。巨大資本は利潤の最大化のために徹底的に効率的で、その裏にはいくつもの不都合な真実があるという話。 例えば食肉。我々も大好きなハンバーガー。マクドナルドが工場的な製造方法を生み出して以来消費は拡大している。パテの原料となる牛や豚は身動きをとるのも難しいような密度で閉じ込められ、糞尿にまみれ、短いサイクルで肥らされ屠殺される。これだけ不衛生だから、工場で作られたハンバーグに混入していた大腸菌による死亡事例もある。しかし食の安全に関する法整備はまだまだだという。 糖尿病の増加も巨大企業の支配が関与している。トウモロコシはシロップに加工されたり牛や豚の飼料となったりするがその生産には助成金が与えられ、スナック菓子や糖分を多量に含んだ飲料やハンバーガーが安価に流通する。ブロッコリー一つを買うよりもハンバーガー一つを買うほうが安いというメカニズムが作られてしまっている。 では、先に述べた、食の安全に関する法整備の遅れ、トウモロコシへの多額の助成金というのがなぜ存在するのかというと、農務省の重要ポストに食品産業を支配する巨大企業の関係者がいるからだ。 企業は肥満や糖尿病は個人の責任と言うが本当にそうだろうか? 最後に、我々には一日に3回投票する機会がある、と述べられる。 「企業がそういうものしか売らないから仕方がない」のではなく、彼らは資本主義の原理に従って、コストを最小化し売上を最大化する方法をとっているにすぎない。我々消費者がもっと真剣に食の安全、自分や家族の健康、動物の福祉、環境の保全、食に関連する産業の持続性を考えたとき、これまでと同じような消費選択をするだろうか。 我々には一日に3回、投票する機会がある。 あまりうまくまとめられなかったがご愛嬌。

おいしいコーヒーの真実

おいしいコーヒーの真実 原題:Black Gold プライム・ビデオで視聴。 数字などの情報のそれぞれは取材当時の2005年のものである。

掌握し制圧した【おからハンバーグ】

昨日敗れた相手を完全に掌握し、制圧することに成功したのでここに記す。

何様

何様 朝井リョウ 2013年直木賞受賞作「何者」のサイドストーリー。 6つの短編からなるが、本のタイトルにもなっている6つ目の「何様」が最も印象に残った。

ボトルネック

ボトルネック ボトルネック 米澤穂信    主人公のリョウは高校1年生。2年前に事故で死んだ恋人を弔いに事故現場、東尋坊へと向かう。現場の崖へ行き弔ったのち、立ち去ろうとすると目眩がし、崖から転落してしまう。

赤毛のアン

赤毛のアン モンゴメリ作・村岡花子訳

友だち0の大学生活 邪推に過敏編

友だち0の大学生活 年も明け2020年となったが1月は早くも折り返しである。皆様方はいかがお過ごしであろうか。

友だち0の大学生活 旧友編

友だち0の大学生活 目次 まえがき 年末の夜 まえがき ほとんど日記みたいな内容なので、このラベルにするか迷ったけどここで。