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書き初め懐古・検討編

 今日も書くことないな、けっきょく継続なんてできなそうだなとか思ってたらふと 「そういえばもう何年も書き初めをしてないな」 と思った。 wikipediaによると新年になって初めて毛筆で字や絵を書くことを指すらしい。この書き初めという風習に乗じて小中学校では新年に書道大会があった。おそらく自分に限らず多くの地域でそういう流れになっていたのではないだろうか。 自分の通った小学校では1,2年生は硬筆で競い、3年生から毛筆を使うことになっていたと記憶している。「白いはと」とか「世界平和」とか「友好の精神」とか書いた記憶がある。硬筆では校内で入賞したことがあったが、毛筆では残念ながら中学校を含め、一度も表彰されなかった。そういえば書道大会の本番は学校の廊下だったり体育館だったりで、めちゃくちゃ寒かった覚えがある。 最後に"書き初め"をしたのは中学3年が最後だ。そんな私が今、デカデカと、よくわからないがかっこい言葉を大真面目にしたためてみたい気持ちに駆られている。 今すぐにでもやりたいのだが、生憎道具がない。書道セットは実家に長年置きっぱなしだ。筆ペンでもいいのかもしれないがサイズ的に物足りない。しかし、今硯、筆、墨を揃えるといつ使うかもわからないのにさすがにちょっとなあ…って感じだし部屋や衣服の汚れも気になる。ということでいろいろ調べてみると筆に水を含ませて書くと紙の側で色がでるものがあるらしい。そういえば自分が幼稚園児のころ、水で書いて何度も使えるひらがな練習ボードみたいなものがあった。そういう感じなのだろう。筆なら100均でも売ってるから費用の面でも扱いの面でもいいのかもしれない。この方向で検討してみたい。 書き初め実践編、あるかもしれません。

Make Time Appを使おう

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約一年前の僕はある本( https://www.amazon.co.jp/dp/B07SD3F145/ref=cm_sw_r_tw_dp_x_h-.5Fb27Q1YBB )に出会って自分の生活を変えようとしていた。 ブログに残すくらいには熱量を持っていた( https://taihaikuukyo.blogspot.com/2019/11/blog-post.html )。 時間を無駄にせず、満足した日々を過ごせるようになるまでにはまだまだ道半ばであるが、今でもいろいろと模索している。 先日、久しぶりに著者らが運営しているウェブサイト( https://maketime.blog/ )を訪れてみると、今年の10月ごろにMake Time Appという著者らのノウハウと照らし合わせて作られたアプリがリリースされたようだった。 https://apps.apple.com/us/app/make-time-app/id1535796091 https://play.google.com/store/apps/details?id=blog.maketime.app 以上がそれであるが、日本語対応がされておらず、また、なんとか英語を読んで使っても意図があまり読めないような気がしたので僕が本と照らし合わせて簡単に解説していきたいと思う。 最初に起動すると以下のような画面が現れる。 このアプリは生産性を高めるためのアプリではなく、仕事や娯楽(※)の誘惑などがあるなかでいかに自分がやりたいこと(たとえば著者の一人は冒険小説を書きたいと思っていたのにそれができていなかったという)のための時間をつくるためのものであるということ、そしてそのステップは ・HIGHLIGHT(その日意識と向けて取り組みたいことの設定) ・LASER(設定した目標に取り組むための工夫) ・ENERGIZE(集中するために必要なエネルギーを確保する) ・REFLECT(その日の取り組みの評価) というサイクルからなる、みたいな説明になっている。 ※娯楽そのものを悪としているのではなく不本意に時間を奪われがちなのでそれをなんとかしようという話。 決まった時間になるとHIGHLIGHTとREFLECTをするよう通知してくれるので必要なら Turn on を選ぼう。 画面下はHightlight、Laser、Re...

幼き日のクリスマスの思い出

言うまでもないが今日12月24日はクリスマスイブである。幼い子をもつ全国のお父さんお母さんが、子どもにバレないようにコソコソと秘密裏に動く日である。そして明日の朝には子どもの枕元などにプレゼントが届けられ、子どもたちは大喜びする。この時期になるとよく「いつ頃までサンタクロースの存在を本気で信じていた?」なんて話をしたりしなかったり… 自分がいつまでサンタクロースを本気で信じていたかは記憶にないが、「朝起きたらプレゼントがあった!」というのは小学一年生までで、そして小学二年生でほしかったおもちゃを買ってもらって以来クリスマスプレゼントという名目で両親からなにかを貰ったことがないのは確かだ。僕がサンタクロースの存在を信じていないことを親が察してそういう形になったんじゃないかと思う。つまり、早ければ幼稚園児の年長ごろ、遅くとも小学二年生のころにはサンタクロースなんて信じていなかったのだろう。 その代わりというわけでもないだろうが、時期に関わらず、僕が本気で頼めば、両親はそれを買ってくれたし、いい親だとは思っている。もちろん、なんでもやたらめったらに買ってもらったわけではない。子どもながらに自分の家の家計の状況はそれなりに察してはいたし、スポーツ用品とか、図鑑などのちょっと値の張る本を年に3回くらいねだっていた記憶がある。そもそも物欲があまりなかったような気もする(し、今だって本気で手に入れたいモノなんてほとんどない)。 子どものころの僕はなんだか生意気なヤツで、親からクリスマスプレゼントを貰わなくなるのを大人への一つのステップだと思っていて、それを誇らしく思っていた節さえある。嫌な子どもだ。そんな僕が今は大人になりたくないと駄々をこねているのもまた面白い。 まあとにかく、日本では今やクリスマスイブというのは恋人たちがともに過ごす夜に成り代わっているが、欧米では家族と過ごす大切な日という認識が強いようだ。自分をここまで育ててくれた両親を思って過ごす夜にしようと思う。

小市民、ここに居り。

 春期限定いちごタルト事件 を読んだ。いわゆる「小市民シリーズ」の第一作。 僕のそもそもの夢というか目標も小市民然として淡々と生きていくことだったような気もする。 高い位についていなくても、発信力がなくても、メディアに取り上げられたりしなくても、小市民然としながら、それでも人格や技術に優れた人はたくさんいる。それを小市民の星と呼ぶのかもしれない。 人に賛美されることがすべてではない。名を売ることだけがすべてではない。小市民にも小市民の誇りがあるが、小市民であるが故にそれを人前に出すこともなく、淡々と小市民然として過ごす。それだって簡単なことではないし、成し遂げられたら素晴らしいことだと思う。 僕もいつか小市民の星を掴みたい。 インターネットとかSNSの発達で多くの人の生活や日常を覗き込むことができる今、僕たちはいつの間にか妬みとか羨みから発生する欲求ばかりに気を取られがちだ。でもそれに振り回されて自分の本来の欲求・目標を見失うのはとてももったいないことのような気がする。 「足るを知る」ということを心に留めつつ、努力していきたい。 こんなことを言っていると「小市民の負け惜しみ」だなんて思われるかもしれない。それでもいい。事実、僕は小市民なのだから。

12月21日は遠距離恋愛の日だったらしいです

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 今日知ったのだが12月21日は誰が定めたか、遠距離恋愛の日だったらしい。僕がなにか因縁めいたものを感じていたのもそのせいかもしれない。まあ遠距離恋愛の経験などないのだが。 遠距離恋愛といえば自分が高校生のころ、物理の授業で普段はあまり授業に直接関係ないような雑談をしない先生が「万有引力の法則と遠距離恋愛は同じ」なんて言っていたのが印象深い。 物体の質量を表す M,m が二人の愛の大きさ?強さ?に相当し、 G は定数、 r は距離で距離の二乗に反比例するから距離が離れると急速に心が離れていって遠距離恋愛が成就しにくくなる…みたいな話だった。実際、自分の周囲の実績と照らすに、150km以内くらいならそれなりに続いているがそれを超えてくると別れる割合が大きいように思えるから面白い。 これを聞くとこの先生がロマンチストなんだろうかという気もするが、谷川俊太郎の二十億光年の孤独という詩の一節、「万有引力はひき合う孤独の力である」に対し「万有引力は2つの物体が存在してはじめて生じる力だからこれは違う」みたいなことも言っていたからおそらくそうでもないのだろう。 というわけで今日は自分のしょうもない昔話でした、以上。

12月21日という日付になにか因縁があった気がするのだが。

  12月21日という日付になにか因縁があるような気がするが思い出せない。 今日は7時前に起きてコーヒーでも飲もうとマグカップにインスタントコーヒーの粉を入れ、電気ケトルでお湯を沸かしている間に二度寝してしまっていた。起きて支度をしていたらもう家を出なければならない時間だったため、今もマグカップにコーヒーの粉は残ったままだ。 外に出ると空には雲が少なく、さっぱりしていて冬の冷たい空気が気持ちよかった。 ==================================== そういえば昨日はフローリングワイパーを買いにホームセンターへ行った。今まで床をキレイにする術といえば掃除機と雑巾くらいしかなかったのだが、今更になって床の状態が気になり始めた。普通、一人暮らしの最初のほうに買っておくものだと思う。 それにしてもホームセンターはワクワクする。ホームセンターと100円ショップと家電量販店と大きい書店は僕のなかのワクワク四天王だ。大きい書店や家電量販店は自分の全く知らない世界を開いてくれるような感じがする。100円ショップやホームセンターは「それ本当にいる??」というくらい特定の作業に特化した便利道具を見るのが楽しい。買う気にはならないけどちょっとした不便さや面倒さを解決するための機構を見て「いいところに目をつけたな~」とか「なるほど、そういう仕組みになってるんだ~」とか思うのが楽しい。 昨日は目的があってホームセンターに行ったが、暇なときに目的もなくホームセンターや100円ショップや家電量販店や大きい書店に行くのもいいよなと改めて思った。 100円ショップなどの面白い便利グッズやなんとなく訪れるのが楽しい施設があったら教えて下さい。

麒麟の翼

Amazonプライム・ビデオで麒麟の翼という映画を見た。8年も前のそこそこ有名な作品で今更ネタバレもなにもないかもしれないが、念のため概要だけを言うと、過ちを犯した中学生を教師が庇護したばかりに、因果が巡り巡って悲しい殺人事件が起きてしまったという内容だった。 自分も中高生のときはいわゆる悪ガキで、さまざまな悪だくみをしていた。そして全ての悪事は暴かれ、いつも厳しく叱られた。自分のやったことは所詮平凡な人間の考えることだから、映画の少年たちがやったことと比べればかわいいものだが、一度でも自分の悪だくみが上手く行って味をしめてしまっていたら取り返しのつかない悪事にまで手を染めていた可能性もなかったとは言えないだろう。何度も何度も間違えて、その度に叱りつけてくれた周囲の人たちには感謝しなければならないと感じた。おかげで自分は今、自称:善良な市民として生活することができている。 自分はまだまだこれからもさまざまな人から導いてもらうことが何度もあるだろう。同時に、長い人生を生きているうちに、誰かを導いてあげなければならないことがあるかもしれない。そのときは、その場が丸く収まればいいと考えるのではなく、長期的な視点、広い視野をもって正しい(と少なくとも自分は考えている)道を示してあげることができたらなと思う。

2020年12月第3週

  先週の金曜日に謎の疲労感から早寝して以来、早めに寝て早めに起きるサイクルが戻りつつある。謎の疲労感、ありがとう。 3日前初雪が降った。少しする間にみぞれに変わり、すぐに止んだが、なんだか胸が高鳴った。昔から、初雪が降ったときはすごくテンションが上がった。雪が降って嬉しいとまだ自分が思えることが意外だった。昨日の朝も大学敷地内の芝生エリアがうっすら白くなっていていい景色だなと感じた。 今週はなにかと意識高い(系の?)やつの会話が耳に入ってくる週だった。 「なーにがシューカツだ、なーにがインターンだバカ野郎」と思った。 やつらから感じる選民思想みたいなのは何?こっちが勝手に引け目感じてるだけかもしれないが。 このままだと悪口ばかりになりそうなので今週の嬉しかったこと、感謝したことを。 ・雪が降って少し嬉しかった ・自分でつくった炒飯が美味しかった ・今週も飯が食えて着るものがあって雨風を凌げる寝床があったことに感謝

2021年カレンダーをつくろうとした話

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 年の瀬である。年がかわるとたいていのカレンダーは役目を終え、新しいカレンダーを設置することになる。僕も2021年用に「1年前のできごとカレンダー」を作ろうと思った。日記をつけているわけではないが、僕にはGoogleマップのタイムラインが機能がついている。 タイムラインを参照しながらスプレッドシートに入力していく。 正直予想はできていたが、やってみると思ったより情報が少ない。ただでさえ出無精なのに3月末ごろからはアレのせいでますます一日中家で過ごすような日が増えてしまっている。そうでなくとも位置情報から思い出せる情報ってすごく少ない。 というわけで計画は頓挫したが、ブログを週4以上のペースで書くというのを継続できていれば1年の半分以上はなにかしらの記録があるということになるから2022年のカレンダーには期待できる気がする。 というわけで「継続は力なり」を頑張っていきたい。

こんなときだからこそ夏のうたを歌いたい

  最近、はちゃめちゃ寒い。夜はエアコンの暖房をつけるのだが、狭い部屋に対して窓は大きいため、外気の影響を受けて床がとても冷たく、足がとても寒い。朝は暖房はつけずにコーヒーを飲んで温まろうとするが少し経てばすぐ寒くなる。 今朝、寒いな~と思いながらyoutubeを開くとフロントメモリーがホームの上のほうに来ていた。夏に聴きまくっていたから、ときどき出てくる。 https://youtu.be/JGgULncKDBM 夏の歌を歌えば気分が夏に寄って寒さが吹き飛ぶのではないかと思った。 朝の7時から成人男性が布団に潜り、枕を口に当てて熱唱した。 急にアイスが食べたい真夏日!!!!!!!!!! 外はテカテカしてまぢあっちーし!!!!!!!! 僕はこの恐怖症みたいなやつを時々感じちゃうから!!!!!!! 朝の7時から成人男性が素面で熱唱した。 結果的に普通に寒い(2つの意味で)と感じた。まず、コーヒーを淹れて飲んでいる間に布団の温もりが失われていたのが大きいだろう。もう一つの意味については言及するまでもないだろう。 僕はあまり詳しくないからチョイスしなかったが、TUBEの曲とかだったらもっと夏に雰囲気が寄って寒さを感じないかもしれない。みんなもやってみよう。

パスピエ synonym

 僕が唯一長期に渡って追っているアーティストであるパスピエが先日ニューアルバムsynonymをリリースした。前にアルバムをリリースしたのは昨年の夏だったから、収録曲のいくつかはYouTubeにMVがアップロードされているとはいえ、久しぶりにアルバムが出て単純に嬉しかった。 「プラットホーム」という曲は曲名といい、イントロといい、歌詞といい、2012年ごろに出していた「最終電車」という曲を意識している部分が感じられ、長い間追っているとこういう発見もあるのが面白いなと思った。流行りの曲だけを聴いたりするのもいいかもしれないけど、それでは味わえないものだなと思った。 ちなみに「最終電車」はprime musicで聴けますし「プラットホーム」もsynonymの中ではなぜか唯一、amazon music unlimitedではなくprime musicでも聴けるので少しでも興味を持ったプライム会員のみなさまはぜひどうぞ。

人生の味

  ここ数年で、辛いことがあったときに「これくらいのことがないと人生に味が出ない」と思えるようになった。実際、万事順風満帆にいっている人と比べるとおそらく苦しい経験も重ねてきた人のほうが人間として深みというか面白さがあると思う。 自分もそんな人間になりたい。では自分が出したい人生の味ってどんな味だろうか。 恋とか青春を甘酸っぱいと形容するのはよく聞くけど人生全体でいうと「甘酸っぱい」はなんだか嫌だ。ほろ苦い経験、なんて言葉もある。自分はほろ苦い味が好きだしそれでもいいとも思う。しかし、ほろ苦さの純度を高めていくと人生トータルでしんどいこと多くないか?ともなる。肉や甘いものを食べると幸せな気分になるが、それらが人生のベースだと胃もたれしそうだ。それに摂取のしすぎは健康を害するイメージがあるし毒々しい。 そう考えていくと最後にたどり着くのはうまみだ。昆布や干ししいたけを水に戻すとじわじわ出てくるような、あるいは発酵食品特有のうまみ。長い時間をかけてゆっくりゆっくりそれらを醸成していくような、そんな人生にしたい。僕はしいたけを目指す。

冬の朝

 今朝、今季初めて朝目が覚めたときに「温かいコーヒーが飲みたい」と思った。しかし残念ながら部屋にはコーヒーのストックがなく、少し自転車を漕いでコメダ珈琲へ行った。 店員はとても忙しそうでいくつかのテーブルには空いたカップなどが置かれたままだった。なんだか申し訳ない気分になったがホットミルクを注文した(自転車を漕いでいる間に気が変わった)。やはり店員は忙しいらしく注文してから出てくるまで少し時間がかかった。 店内には色々な人がいた。新聞を読む人、本を読む人、ノートに何か書いている人、PCで何か作業する人、スマートフォンを弄る人、同伴者と談笑する人。 なんだかいい一日になる気がしたがそうでもなかった。

トイレ

 朝目が覚めてふと思ったのが「水洗式トイレが普及・発達した時代に生まれてよかった」ということだった。トイレに関係する夢を見ていたからだと思うが具体的なことは思い出せない。 「水洗式トイレが普及した時代に生まれてよかった」というのは自分が使用するときの視点としても当然そうなのだが、例えば自分が小学生のときに、親の仕事が汲み取り作業員のクラスメイトがいたらそれを揶揄する発言をしてしまっていた確率がかなり高いと思う。だから人生の汚点が増えずに済んだという点で水洗式トイレの普及には感謝したい。こんなことを考える僕を非難する人がいるかもしれないが、小学生のころの自分の人間性になんか期待しないほうがいい。 なお、「汲み取り作業員」で検索すると今でも求人情報がそれなりにヒットする。ゴミ収集作業員などの仕事もそうだと思うが、人がやりたがらない仕事をしてくれている人がいるということを忘れないようにしたい。

継続は力なり

  継続は力なりとは言うが、もう何年も前から自分はなにかを継続して行ってきていない。このブログも約1年ほど前に週1回新規記事を書こうと意気込んだものの、全く実現の気配がない。そして今からまた同じ過ちを繰り返そうとしている。失敗を恐れず高らかに宣言しよう。 「週4回、新規記事を書きます」 週4回というのは2日に1回+α程度でしかない。冷静に考えてみるといけるんじゃないか? というわけでがんばります。