年末年始、帰省振り返り(など)
1月ももう3分の2近く過ぎてしまいましたが、まず新年の挨拶を申し上げます。2023年もよろしくお願いします。
もっと早く1月最初の記事を出したかったのですが、新年早々体調を崩してしまい(おそらくコ……)タイミングがありませんでした。普段風邪をひくことも少なく熱が出ることもほとんどないため、39℃に迫る発熱を久しぶりに体験して、なかなかしんどかったです。熱は早い段階で下がりましたが、喉に痰が絡んだり咳がよく出たりしたのも面倒でした。今はほとんど全快という感じです。体調を崩していた期間の暖房費と食費がかさんだため、そっちのほうが恐ろしいです。
2023年の取り込みとしては、MLBの英語のニュースを翻訳して記事にしてみるというのを始めました。MLBの情報を知れるのに加え英語の学習にもなりそうで一石二鳥というわけです。とはいっても複雑な文になるとすぐにDeepLに頼ってしまうので自分の英語力のなさが悲しいです。これからなんとか継続していけるよう頑張っていきます。
この記事では残りの部分で、年末年始の帰省の振り返りをしたいと思います。
====
私が研究室に行かなければならないのは26日までだったため、12月27日という割と早い段階で実家に帰ることとしました。実家に帰ったところでやることはあまりないのですが、どうせ何もやることがないなら、光熱費や食費が節約できる実家で過ごすほうがいいと思ったわけです。
実家まではけっこう長い距離を移動します。出発地である名古屋は晴天で空気も乾燥していましたが、いくつか山を越えると空は曇っていき、車窓からの景色も次第に雪景色に変わっていきました。途中で移動手段を鉄道からバスに切り替えました。その日はなぜか腹の具合が悪く、喉奥で息が詰まるような苦しさもあって、バスに揺られている間はただただ不快でした。しばらくして目的のバス停まで到着しました。家まではまだ距離があるのでバス停までは母が迎えに来てくれていました。朝アパートを出て、実家に着くころにはもう太陽が沈んでいる程度には長旅でした。
実家につきました。実家の窓は断熱樹脂のサッシかつ複層ガラスなので自分のアパートと比べるとずいぶんと過ごしやすく感じました。住まいの断熱性というのを侮ってはいけないと改めて感じました。実家には柴犬がいますが私のことを家人として認識していないので全くかまってくれません。散歩に連れて行ってやるときだけ嬉しそうな顔をします。可愛げがないです。そのくせ大量に毛が抜けるので、帰省すると私はいつも鼻水が止まらなくなります。ちゃんと検査したことはありませんが犬毛アレルギーかもしれません。
実家ではやることは特にありませんでした。仕事に行く両親を見送って、朝食を食べ、二度寝をし、犬に散歩をさせてやって、気が向いたら犬の毛を除くべく床の掃除、さらに昼寝……という感じで過ごしていました。生産的な活動など何もないです。強いて言えば、ペーパードライバーを脱却すべく実家の車で近所をぐるぐるしていました。交通量が多いところはまだまだ怖いですが、いい練習にはなったと思います。
両親が仕事を納めてからも特に変わりませんでした。両親は休日でも家の掃除や町内会の活動など「やらなければならない」ことはしっかりやっているタイプですが趣味のような「やりたいこと」は特になく、ゆったりと昼寝でもしていることが多いです。それは私や私のきょうだいも同じで、そのほかの親戚を見渡してもそういう傾向が強いので一族全体がそういう人種なんだと思います。遺伝のせいだと思うと罪悪感はそんなにありません。とはいっても年末なので掃除をしたり、新年を迎える準備をしたりはしました。
大晦日は年越しそばを食べ、紅白歌合戦を見ている途中で、昔からの友人の家に仲間内で集まることになりました。紅白も別に興味はないですが、あいみょんは見ておきたかったです。
その友人の家にいくとすでに何人か集まっていて、酒を飲みながらボードゲームをしたり、テレビを見たり、Switchで遊んだりしていました。私はボードゲームは得意ではないので同じような仲間と駄弁りながら、ときどきSwitchのアソビ大全で対戦したりという感じで過ごしていました。地元の友人らが元気そうに過ごしていたことが単純に嬉しかったです。その後私は23時ごろにチューハイを一缶開け、ひどく酔っぱらってしまい、脈拍で頭がズキズキ痛む最悪な状態で年を越しました。1年を振り返って感慨に浸ったりする間もなく年が変わりました。
それから3時ぐらいになって、みんなで初詣に行くことになりました。友人の家ではずっと床に座っていたので、足腰が痛み、そのうえ雨で参道も濡れていたので、特に階段の昇り降りで滑ったりしそうで怖かったです。さらに、田舎なので人も少なく、灯りも少なく、周囲が森に囲まれていて暗い神社だったのでそういう意味でも怖かったです。拝殿に着くと、賽銭を入れてとりあえず祈りました。2つのことを願うのは欲張りかなとも思いつつ
●4月から社会人としてうまくやっていけますように
●(ウクライナや台湾情勢で不安が広がっているなかではあるが)世界が平和であってほしい
と心のなかでつぶやきました。
それから、最後におみくじを引きました。大吉でした。まあこんなもんかって感じでした。おみくじの各項目のアドバイスって突き詰めると全て「やるべきことをやれ」くらいに収束するよな、などと思いました。「やるべきことをやる」「当たり前のことを当たり前にやる」なんて言葉がありますが、人間にはそれがなかなか難しいようで、2023年の私はやるべきことをやれる人間であってほしいなと思いました。
初詣を終えてから家に帰ると4時になっていました。家に入ろうとすると例の柴犬にめちゃくちゃ吠えられました。こんな朝早くに騒音が発生してしまい、家族や近所の人に申し訳ないと思いました(ただ、あとで聞いたところ、家族はぐっすり寝ていたようでこのことを知らなかったみたいです)。「もしかするとこの犬は毎朝のように新聞配達の人に吠えてるのでは??」とも思いましたが、それに関しては慣れて不審な車や人ではないと認識しているらしく、そんなこともないようです。こう聞くと番犬として優秀に思えるかもしれませんが、家を訪問してきた宅急便の人や近所の人にも無闇矢鱈に吠えるのでガバガバ判定です。仮に私が怪しい人間に見えたとしても4時なんだから寝とけよと思いました。
元日は9時くらいに目が覚めました。いや、私は4時に寝て9時に目が覚めるような人間ではないです。正確には朝飯を食うからと起こされました。過去2回(2020→2021、2021→2022)は帰省していなかったので、久しぶりに雑煮を食べました。丸餅を煮た、すまし汁です。朝飯を済ませてしばらく家族と団欒していましたが、頭がぼーっとしていました。単純に睡眠不足でした。そういうわけで、昼過ぎくらいまで二度寝しました。
夕方くらいにおじ・おば・いとこ・いとこの子供が遊びに来ました。おじおばからは最後のお年玉をもらいました。もちろん有り難いのですが、この歳でお年玉をもらうのはなかなかに恥ずかしいです。来年からは自分がいとこの子ども(私から見て、いとこ甥・いとこ姪というらしいです)にお年玉を渡せるようにしっかりやっていきたいと思いました。いとこの子どもは二人いて、どちらも小学生で元気ざかりです。私は社交的な人間ではないので彼らとはうまく接していたとは言えませんが、私の妹は彼らと仲良く接していてさすがだなと思いました。いとこはこの子らにボードゲーム的なものをよく買い与えているようで、今回もいくつか持ってきていました。私も生意気な二人の小学生に勝負を挑まれました。上の子には余裕で負けました。完敗です。なんか煽られてムカついたので下の子はボコボコにしてやりました。あまり大人を舐めるなよ。
おじ・おばらが帰ってから、私の家族は母方の祖母の家に遊びに行きました。古い家なので鴨居が低く、何も考えずに動いていると頭を擦りました。自分の背の伸びに乾杯。祖母はほんとうに耳が悪くて、耳元で、どでかい声で話さないと何も伝わりません。変な話ですが、現実問題として祖母は先は長くないので会えるときは極力コミュニケーションをとりたいと思っているのですが、耳の問題に加え、共通の話題みたいなのもないのでなかなか困りました。「元気にしてた?」「朝・昼はなに食べた?」「晩ごはんは何にするの?」くらいしか話せませんでした。不甲斐なさのようなものを感じましたが、その様子を見ていた母の姉、つまり(さっき出てきた人とは別の)伯母が「●●くんは優しいね~」と言ってくれたので幾分か気持ちは楽になりました。ありがとう、伯母さん。
その後1月2日は適当に過ごし、3日にUターンすることになりました。妹と途中まで同じルートなので、大きい駅まで妹の車で行くことにしました。2時間弱くらいの運転です。私も半分くらい運転しました。雪道なのでタイヤが空転するとヒヤッとしました。視界も悪く、普段の倍くらい疲れた感じがしました。駅で降ろしてもらって、電車に乗り、短いとは言えない程度の時間揺られて、自分のアパートに帰ってきました。実家からこのアパートに戻ってくるととても寂しい感じがします。調子に乗っていた時期もありましたが、私の孤独耐性は決して高くはないとここ数年で思いました。
ひとつ思ったのはこの春以降はどのタイミングで帰省しようかということです。会社の休みがどの程度の長さなのか、どのタイミングなのかにも左右されますが、この帰省の道中の混雑具合を見るにGWや盆、年末年始を避けて、うまく有給を使い、少しずらしたタイミングで帰省するほうが楽だろうとは思います(実際、このようにしている社会人の友人もいます)。とはいえ、この日本全体で合わせたタイミングでないと顔を合わせられない親戚もいるので、「混雑するのはわかっていてもこの時期に」という人の考えも十分理解できます。早め早めに日程を決め、十分な時間的マージンもとり、交通機関のチケットなども予約して抑えておけば、ある程度混雑は回避できるというのも事実です(今までは学割で切符を買いたくて窓口まで行っていた&節約のために自由席にしていたのを、ネット予約で指定席をとればいいわけですから)。
とりあえずこの帰省を総括すると、ダラダラ過ごした時間がかなり多かったのは反省点ですが、いろんな人に会えて、いろんな話ができて、楽しかったです。移動は疲れるし、お金もかかるしでダルい部分も正直ありますが、結局みんな帰省なり古い友人と会うなりしているので、ダルいことをしてでも人とのつながりを大切にしたいということなのだと思います。これからも「帰省ダルいな」「会いに行くの面倒くさいな」と思ってもそこで思考停止せずに、「だとしても、このつながりは大事にしたいな」と感じたら行動に移せるようにしたいです。
コメント
コメントを投稿