ボトルネック・追想五断章を取り戻した
春に引っ越しをした。その際、荷物を整理していて「大して読み返しもしない本をずっと持ってるのなんか馬鹿馬鹿しいな」と思った(https://taihaikuukyo.blogspot.com/2021/03/blog-post_18.html)。そして厳選をした。篩にかけた。ところでこのように何かを選抜することを「篩にかける」と表現するとき、選び取るのは篩に残る側だろうか?篩の目をくぐった側だろうか?つまりは、選抜基準があまりにも厳しすぎたことを「篩の目が粗すぎた」と言うべきか「篩の目が細かすぎた」と言うべきか迷ったのだ。平たく言うと、私は本を処分しすぎた。
それからは電子書籍を使ってみることにした。Kindleはすごいと思う。昨今のAmazonの勢いを見る限り少なくとも私が生きている間はサービスが終了することはないように思える。少しではあるが、定価は紙の本よりも安い。セールもそこそこ頻繁にやっている。深夜だろうが早朝だろうが読みたいと思ったときに読みたいと思った本を買える。気に入った文章にマークをつけることもできる。辞書機能を使えばわからない単語の意味がすぐに出てくる。
しかし、私には合わなかった。長いお別れ(レイモンド・チャンドラー)、鍵のない夢を見る(辻村深月)、墓地を見おろす家(小池真理子)などを読んだが本当に時間がかかった。どうしても内容が頭に入ってこなかった。とても疲れた。「電子書籍は集中できない」と思っていたのだが本当は違っていて、一画面に表示されるエリアが紙の本の見開きより随分狭いせいで斜め読み・流し読みがしづらくて、必要以上に集中力が要求されるのが嫌だったのだと理解した。
一応補足しておくと私はスマートフォンの Kindle アプリ、PC の Kindle for PC を使っていた。スマートフォンやPCだとほかのアプリなどによって注意力が散漫になっていたということもあるだろう。だから Kindle Paperwhite などを使っていれば事情はまた違ったのかもしれない。
というわけで紙の本に回帰しようという気になったのだが、「読むのに疲れる、時間がかかる」というだけなら踏みとどまってもよかったかもしれない。ここで私は懺悔しよう。悔い改めよう。「大して読み返しもしないのにずっと持ってるなんてバカバカしい」。バカかお前は。私はここで認めよう。大して読み返さなくても、所有していることだけで得られる満足感のようなものは確かにある。そしてそれはやはり電子よりも紙のほうがより大きい。表紙や全体のデザインを眺めているだけでも楽しかったりする。
どんな本でもいいというわけではないが迂闊にも篩をくぐり抜けさせてしまった/篩にひっかけてしまった(結局「目が粗すぎた」のか「目が細かすぎた」のか決められなかった。)本は機会を見て取り戻していこうと思った。
そして先週末、書店に行き本を眺めていると「ボトルネック」と「追想五断章」が目についた。買った。取り戻した。もう手放さない。これから新しく読んだ本も、本気で好きだと思ったら手放さない。そうする。
追想五断章の感想を書いていなかったので、近いうちに書評というか紹介文のようなものを書いてみようと思う。
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