大学院生のメンタルヘルス

 「悲観することはない」とか「楽しんでいこうぜ」みたいな論調でブログ記事をいくつか書いているくせに、夜、寝付けず枕元のスマートフォンを手にとって「大学院生 うつ」などと検索している自分がたまにいる。

おそらくこれは単に私がマイナス思考人間だからというだけの話ではない。大学院生のメンタルヘルスの問題というのは近年、NatureやScienceなどといった権威ある学術誌で頻繁に取り沙汰されるトピックである(博士課程の学生に焦点を当てているケースが多いが修士課程の学生においても同じような指摘がある)。

https://www.nature.com/articles/nbt.4089

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jinbunxshakai/1/1/1_107/_article/-char/ja/

たとえば、2018年に nature biotechnology に掲載された記事によれば、カリフォルニア大学バークレー校が「生命科学分野の大学院生のうち43-46%が抑うつ状態にある」と報告しているようである。また、この記事の著者は、大学院生は一般の人と比べてうつ病や不安状態を経験する割合が6倍以上に上ると報告している(ただし、このアンケートは無作為抽出で行われたものではなく自己応募型であり、選択バイアスが生じた可能性があることに留意したい)。その原因としてはワークライフバランス(研究に供する時間・労力とプライベートとのバランス)、主任研究者との関係などが指摘されている。

また、下の「人文×社会」の論文でもワークライフバランス、指導教員との関係、キャリアパスの不安、経済的理由などが指摘されている。

ここからは私の体験から抑うつ状態や不安感情が生まれる原因を考えてみたい。

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ワークライフバランスについて言えば、(研究分野によって差異は大きそうだが)たしかにコアタイムによって平日はほとんど拘束され、学部生のころと比べると自由な時間はなかなかとれない。また、稀に21時や22時まで残らざるを得なくなることもある。忙しさには波があって、ほとんど一日中手を動かしているような日もあれば、あまりやることがない日もある(そういうときは関連分野の論文を読めという話なのだろうが)。正直にいうとあまりやることがないにも関わらず、コアタイムに拘束されるのは、無駄な時間と思ってしまうことがある。

また、プライベートの時間が減るということで研究室以外の人との交流が減り、それがストレスになってしまうのではないかとも考える(ただでさえ、大学院生はサークルや部活動はやめてしまうケースが多い)。これはワークライフバランスの問題でもあり、また、研究室という組織の閉鎖性の問題でもあるだろう。研究者へのインタビュー記事を読んだり、教員が授業の合間にする雑談を聞いたりする限り、海外ではラボ間の交流は日本に比べてもっと盛んだという。なんでも海外を真似るという姿勢を私は好かないが、これはひとつのアプローチになるだろうと思う。

指導教員との関係について。私の場合は指導教員との関係が悪いということはない(最近は就職活動と研究とに割く時間や労力のバランスについて無言の圧を感じてはいる……)。研究や進路などの相談を気軽にできるというほどでもないが、打ち明ければおそらくちゃんと聞いてくれるし多少のアドバイスももらえる。

ただ、月に1回か2回ほどの頻度で自分の番がやってくる進捗報告のことを思うと頭が重い。指導教員は発表に厳しい。うまく説明できないと、見やすいパワーポイントを作らないと、そこそこ厳しい口調で叱責される。いわゆるモラハラ・アカハラなどに相当するような理不尽な物言いではないものの、まあメンタルに来る。しかしながら、やっぱり筋の通った指摘ではある。これは乗り越えなければいけない壁なのだろうか。

教員との関係に関していろいろ聞いた話の中では、「研究室や研究グループ内の教員同士の仲が険悪な場合に学生を使った代理戦争になる」という事例が一番地獄だ。たとえばA教授とB准教授の仲が悪い場合、ラボ内ミーティングなどでA教授はB准教授が受け持つ学生に強く当たり、同様にB准教授はA教授が受け持つ学生に強く当たる、ということがあるとかないとか。これに巻き込まれた学生は不憫でならない。

上で述べたことと重なるが、研究がうまくいかないというのも要因になるだろう。遅々として進捗がないことで教員に叱責されることもそうだが、どんなことであれ、時間と労力をかけてやってきたことが全く実を結ばないというのは精神的にくるものがある。時間と労力だけではない。お金もだ。「高い授業料を払ってわざわざこんなことして俺はバカか」などと思ってしまうのもわかる。

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月並みで平凡で凡庸なことしか書けないが、解決策というか対処法も考えてみたい。

悩みや不安を誰かに話してみる、というのはよく言われることではあるが効果的だろうと想像できる。身近にそういう人がいないという場合は大学が設置している"学生相談センター"のような施設を活用することもできるだろう。しかしそういった場所は予約が必要だったり利用できる時間が限られていたりするし、なにより親密でない人に打ち明け話をすることに抵抗があるという心情は想像に難くない(というより諸手を挙げて賛同する。関係が希薄な人であるからこそ話しやすいという人も居そうだが)。やはり友人知人に話せるのが良いのかもしれない。しばらく会ってなくても久しぶりに食事に誘ったりなどすれば意外に以前と同じように接してくれるものだ(と個人的な経験からは感じる)。

また、個人で取り組めることではないが"帰りやすい環境をつくる"というのも大事だろうと思う。というのも、コアタイムを過ぎても帰りづらい雰囲気というのがあって(社会人でいう「定時退社すると白い目で見られる」現象)長時間の拘束に繋がっているのではないかと感じるからだ。

コアタイムというとマイナスなことばかりのようにここまで書いていたが実際はそうではないと私は考えている。生活が不規則にならずリズムが生まれるし、主体性があまりなくてもそれなりに研究は進むし、教員や先輩と接する機会も増えて研究のアドバイスを貰えることも多くなる。だから、「コアタイムの間はしっかり取り組んで、休むときは休んでメリハリをつけてやっていこう」というのがあるべき運用だと私は思うのだが実際はコアタイムを超えた長時間の拘束が常態化している例を見聞きする。もちろん学会発表や学位論文の期限が迫っているときには、少しでも多くデータをとろうと実験したり、文章やパワーポイントをよく練ったりして結果的に夜遅くなることがあるだろうしそういうことも必要だろうと思うがそれが常態化してしまうと逆に効率は悪くなってしまわないだろうか?

余談だが、こういう考えもあって現在M1である私も、長居する必要はないという雰囲気を作ろうとできるだけ早く帰れるように気をつけてはいるが、そうでなくともB4の学生はけっこう早く帰っており「メンタル強いな…」と日々感じている。


学生の分際で生意気なことを書いたかもしれないが堪忍。

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