サピエンス全史(上)
サピエンス全史(上)
知人から借りた本であり、もう返却してしまったため本記事での細部の記述には誤りがあるかもしれないということを先に断っておく。
4,5年ほど前だろうか、それくらいのころにけっこう話題になっていた本。石器時代から現代にかけてのホモ・サピエンスの社会・生活について著者の専門である歴史学の観点から綴られている。
もっとも印象深かったのは農耕の功罪についての話である。狩猟採集生活は定常的に同じものを確保するという点では食糧確保の確実性は低かったが、逆に言えば今日の我々のようにイネやコムギ、イモなどの特定の作物に依存していなかった。凶作が起こってドミノ倒しのように飢餓に陥ることはなく、多様なものを食べている分、栄養状態も悪くなかったという。新生児の平均余命の数値は現代人よりも小さかったがある程度成長してしまえば今日の我々と比べて極端に短命だったわけでもないようだ。
一方農耕が始まって以降。コムギやイネなどの作物の栽培を始め、将来を見越して食糧を確保するようになった。凶作によって共倒れになるという危険もあったが、安定的に高エネルギーの食糧を確保できるようになったことは人口の増加に作用し、我々ホモ・サピエンスが地球上で75億を超える個体数を誇るまでになる礎となった。つまり、農耕がホモ・サピエンスの種としての繁栄をもたらした。
しかし農耕には負の側面も様々にあった。耕地を形成するにあたって森林を切り拓き野生動物の住処を奪った。増大し続ける人口を包容するために人々は田畑で働き続けることになった。(狩猟採集の社会にもヒトのヒエラルキーはあったものの)明確な身分というものを生み、奴隷というものが誕生した。特定の作物に依存することで多様なものを摂取しなくなりミネラルなどの栄養分が不足するようになった。などなど。
ここで問題にしたいのは種としての繁栄と個人の幸福・QOLというのは別個に考える必要があるということだ。農耕に従事する奴隷たちに「あなたたちが農耕を頑張ったおかげでホモ・サピエンスは将来地球上でもっとも繁栄を究めた種のひとつになりましたよ」と言っても何の慰めにもならないだろうし、現代ブラック企業でただ働き続けることに人生が忙殺されているサラリーマンに対しても同じことが言えるだろう。私たちは種の繁栄を目指しているのか、個人の幸福を高めることを目指しているのかというのは重要な視点だと思う。私の考えとしては(というより多くの人が考えそうなことだが)、農耕を基本として高度に発達した現代社会から急速に狩猟採集生活に回帰することは不可能であり(そしてもちろん狩猟採集生活にも困難は多数あった)、基本姿勢は個人の幸福の追求となるがそのためには種の繁栄……というよりは共同体の存続に寄与するという姿勢も同時に求められるだろうと思う。
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また、ホモ・サピエンスの進化において重要であった認知革命の話も興味深かった。認知革命とは物質として存在しないものを認識(想像)し、さらにその認識を他の個体と共有するようになったという出来事のことである(というような解釈で合っているだろうか…?)。会社だとか国家だとか法律だとか貨幣の価値というものは物質としては存在しないが、私たちがその虚構を概念として認識し、その認識を共有しているからこそそれらが成り立っている。つまり社会を成り立たせているのは私たちの想像力とそれを共有する力だということなのだということだ。
本書ではこういった共通認識のことを"神話"とよんでいる。私たちは国家という神話を信じている。貨幣の価値という神話を信じている。道徳や社会規範といったものも一つの神話だろう。
ここからは私個人の思想めいた話になってくるが、現代社会では"個人主義、個人の自由"という神話が優勢になりつつある。私はこの趨勢にネガティブな印象を持っている。性善説・性悪説(誤用)といった話にも通じてくるが、古代(確か農耕の始まり~都市国家の形成の間の時代だったと思うが)のホモ・サピエンスのある集団において、死亡原因に占める"人の暴力"の割合は20世紀という二度の大戦、史上最悪の大量虐殺があった時代に人類が経験したそれに迫る、あるいはそれを凌ぐものであったという。これを承けてもなお「人の本来の性質は善である」と主張することは自分にはできない。
国家というものは、あるいは社会というものは"神話"の中の存在に過ぎないかもしれないが、自分以外のホモ・サピエンス個体というものは確実に存在する。個人の自由を錦の御旗にしてありとあらゆる場面でそれを振りかざせば必ず歪みが生まれ、暴力が生まれる。「暴力を良しとしない」と「個人の自由はなによりも尊い」は両立しない。なにも個人の生活を隅々まで管理しろとは言わない。程度の問題だ。よりよい神話が紡ぎ出され、多くの人たちがそれを信じられるようになることに私は期待する。
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