少年の日の思い出

 古い家に住んでいた。私が小学生の当時すでに築90年近かったと聞いている。母屋と離れがあって、母屋がもともとL字の形をしていた。そこに短い廊下で離れをつなげたものだから、全体としてはコの字に近い形をしていた。コの字の内側は庭になっていた。コの字の家を設計するとき、誰だってそうするものだ。"コ"の辺がない部分は生け垣になっていた。つまり、家と生け垣に囲まれた庭があった。

庭にはザクロの木があった。椿があった。躑躅があった。松があった。サルスベリがあった。かつて池だったらしい窪みがあった(大雨が降って水がたまると確かにそこはかつて池であったろうと思われた)。

私はよく庭に面した縁側でごろ寝をしていた。説明するまでもないだろうが夏は蝉の声が聞こえた。たまに吹く風は木々の葉をかさかさと揺らした。ついでに風鈴も揺れた。そうして退屈な夏の日の午後が過ぎるのを待った。寝返りをうてば床板は軋んだ。

そしていつの間にか眠っていた。目を覚まさせたのはヒグラシの声だ。当時からヒグラシの声を聞くと胸がざわついた。そのざわつきの正体たる感情を説明する言葉を持たなかった(し、今でもやはりそれは説明できないものだ)。私が眠っている間に、友だちの家に遊びに行っていた兄が帰ってきていた。外はまだ明るい。兄は私をキャッチボールに誘った。私はよく兄のボールを捕り損ねて後ろへ逸らした。少し暗くなってきたころ、逸らしたボールをとりにかけ寄った木の根元で巣から出てきた蝉の幼虫を見つけた。私はそれを優しく拾い上げて、家に持ち帰る。庭の木の根元に載せる。

夕食のメインディッシュは祖父が獲ってきたサザエの壺焼きだった。妹はサザエの"しっぽ"の部分が嫌いだと言って兄に食べさせた。私はところてんを啜り、たれが喉に入ってむせた。スイカを食べて夕食はお終いだ。蝉のもとへ向かう。

すでに半身が殻から抜けている。私は何かを思い出して父からデジタルカメラを借りる。2GBのSDカードが入っていて、有効画素数は200万。様々な角度から蝉を撮る。兄も、私も、妹もそれに釘付けになる。蝉の羽化は時間がかかる。いくら興味があっても動きが少ないと退屈する。そしてまた眠ってしまう。

目が覚めると蝉はすでに殻を脱いでしまって翅を乾かしている。やってしまった!!と私は思う。母は写真撮っておいたよ、と言って私にカメラを渡す。

自分の目で見たかった。

また今度があるよ。

じゃあ明日。

うん、いいんじゃないの。

じゃあ明日の夕方また幼虫探しに行くからね。

うん、いいんじゃないの。


残念ながら、この物語には幼馴染のかわいい女の子も、少し歳が離れた親戚のお姉さんも登場しない。しかし、それが私の夏であり、これを読んだあなたの夏だ。

あなたも中庭に面した、床が軋む縁側で昼寝をする。

あなたもヒグラシの鳴く声で目を覚ます。

あなたも誰かとキャッチボールをする。

あなたも蝉の幼虫を見つける。

あなたも夕食後スイカを食べる。

物語とはそういうものだ。

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