無題
「KM7019468G、起きなさい」
今日も脳内に響くこの無機質な声で目覚める。
Citizens' Life Cordinator。略してCLCと呼ばれることが多い。
6歳になったときに母に連れて行かれた病院で生体通信ナノマシンを身体にインストールされた。これは僕だけの話ではないようで、この国では誰もが6歳になるとCLCを扱うためにナノマシンを身体に取り込む。
それを使って僕たちの脳はCLCとの通信を行う。生体通信ナノマシンをインストールしてからというもの、僕たちは多くのことについてCLCから指示を受ける。そろそろ起きなさい、朝ご飯を食べなさい、今日は冷えるから上着を羽織りなさい、今のペースだと遅刻しそうだから少し速く歩きなさいなどなど。個人の思想や感情にはあまり介入できない、まさに"生活"だけをコーディネートする設計になっていると公式には説明されており、僕の経験からしてもその説明が全くの誤りであるとは断定しがたい。識者のなかではCLCの介入はやりすぎだとか、逆にもう少し人の内面に切り込んだほうが社会の秩序維持に役立つだとかいう議論があるらしい。
ともかく、CLCの指示通りベッドを抜け出しリビングへ。食卓にはすでに母が朝食を並べていた。
「リュウ、早く食べてしまいなさい」
母の言う通り手早く朝食を済ませ、学校へ向かう準備をする。
「KM7019468G、まだ磨き残しがあります。もう少し歯を磨いてください」
CLCはこんなところにまで目を光らせている。
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学校へ向かう道中、いつものように39Rと出会う。
「よぉ、リュウ」
リュウという人間は存在しない。
「それやめろって言ってるだろ。68Gと呼べ」
「いいじゃねえかよ。お前の母さんはリュウって呼んでるんだろ」
「……とにかく、僕は68Gでお前は39Rだ。」
僕が生まれる50年以上前には"名"というもので個人を識別・管理していたらしい。名は多くの場合親が子に授けるものであり、子は自分でそれを選択することができない、それは個人の尊厳を毀損しているということで廃止されたそうだ。公的には僕はKM7019468G以外の何でもなく、リュウというのは母が勝手にそう呼んでいるだけだ。100年以上前には家族を識別するために"姓"というものがあったそうだ。ヤマモト ヒデキと呼べばそれはヤマモトという呼び方で識別される家族に所属するヒデキという個人を示すことになる。
今でも公的に身分を証明するのには使えないまでも、僕の母のように名を模した愛称を子につけ、子がそれを友人との間で使うこともあり、一部の人は姓を模した愛称も持つようだ。僕のようにこれが気に入らない者や、たとえば学校の先生と生徒といった親密でない人間同士では個人番号の下3桁で呼び合うことが慣習となっている。だから僕は68Gでコイツは39Rだ。
「KM7019468G、広がって歩かないでください。道を塞いでいます」
僕はとっさに歩道の端へと避ける。自転車に乗ったおじいさんが通っていった。CLCはこんなところにまで目を光らせている。
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