10 years ago

 あの日、僕は卒業を間近に控えた小学6年生だった。授業はだいたい終わっていて、卒業に向けてのあれこれをするくらいですごく浮ついた気持ちだったように思う。その日も午後の授業、終礼と済ませ、放課後は校庭でサッカーでもして遊んでいた。そのまましばらく遊んで日が暮れるころに帰るはずだった。

通っていた小学校は職員室がグラウンドに面していた。先生が窓を開けて大声で校庭で遊ぶ児童を呼んでいた。自分は絵に描いたような「悪ガキ」だったから、「またなんかやらかしちゃったかな~」くらいの気持ちで先生のもとへ駆け寄った。予想に反して、自分が怒られるわけではなく、「大地震が起こってここにも津波が来るかもしれないから、今すぐ、ただし安全に十分に気をつけて家に帰りなさい」という指示だった。学校は沿岸に近く、海のすぐ近くの道を通学路にしている児童も少なくなかった。

家に帰ると母親がテレビに釘付けになっていた。真っ黒な水が町を飲み込んでいく様子はとても現実のものとは思えなかった。翌日の新聞にもでかでかと衝撃的な写真が掲載されていたのをよく覚えている。翌日の朝礼では担任が「東北では卒業式を行うことができない同世代がたくさんいるかもしれない、自分たちは今こうして卒業を迎えられることに感謝して、立派な態度で卒業式に臨もう」みたいなことを言っていた。

あの日から10年が経過した。今でも避難生活を送っている人も多数いる中で、こういう言い方をするのは無神経かもしれないが、やはり自分の中では"もう"10年経ったと感じる。直接大きな害を被ったわけではないが、過去を振り返るうえで一つのチェックポイントになっている。

そのころの僕は卒業文集みたいなものに、将来の目標として具体的な職業などを明言するのは避けつつ、「人の役に立ちたい」というようなことを書いていた。10年を経た今、それに近づけているだろうか。将来についてちゃんと考える力はなかったから、どのような過程を経て、どんな形で人の役に立つとかまでは考えていなかったと思うけど、将来の自分にそれなりに期待はしていたんじゃないかと思う。小学6年生の自分をがっかりさせないためにもこれからまだまだ頑張っていこう。

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