2022年5月②
海を眺めてややセンチメンタルな気分になった男たちは手持ち無沙汰になった。
「さて、これからどうする?」
時刻は17時前。帰るのにはまだ名残惜しい時間帯ではあった。
「K御用達だというラブホでも見に行こうぜ」
Sはふざけてそう言った。
Kというのもまた、私たちの小学校から高校までの同級生で、私の知る最新の情報としては、実家暮らしで地元の工場で働いている。ただ、KはSやHやNとは違い、女だ。
「こんな田舎にラブホなんてねえだろ」
私とHは口を揃えてツッコミを入れた。
「いや、それが●●(私たちの住むエリアから車で50分ほどの場所)にあるんだよ。俺も行ったことはないけどGoogleマップにも出てくる」
調べてみると確かにあった。
「じゃあ………行くか」
ヴィッツは再び走り出した。
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先述の通りKは私たちの同級生の女だ。そしてメンヘラだ。J○時代からTwitterなどで男をピックアップして、ヤりまくっていると専らの噂だった。少なくとも私にとってはそれは噂ではなく、ほとんど確信になっている。というのも、成人式の際に催された同窓会でKと 1 on 1 で話すタイミングが少しあり、そこで上記の事実を仄めかすような話を聞いたからだ。
極度の過疎地のメンヘラ女が辿ったルートとしては、十分に現実味があるルートだと思うし、否定する理由もない。Kは一定以上の規模の都市にいたらホスト狂いにでもなっていただろうと思う。
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例のラブホは幹線道路から外れたところにあった。物寂しい山沿いの道を走り、40分ほど。途中に古そうなトンネルがあって、Sが「ここ一応心霊スポットらしい」と言った。地元なのに知らないことはまだまだ多いなと思った。行ってみると思うところはなく、通り過ぎる際に外観を少し眺めただけで、またすぐにもといた方へと引き返した。出発して15分くらいの高揚感がピークだった。
そろそろいい時間になってきたので私たちはそれぞれの家に帰ることにした。夜はNともう一人、Mを誘ってまたドライブに行くことにした。
Mと会うのも久しぶりだった。彼は3月まで大学5年生だった。正確に言えば2年目の4年生で、つまりは一度留年していた。留年生として過ごした1年間も努力(していたのか?)実らず、卒業は叶わず中退することとしたらしい。
彼が今後どうするかというのは皆が気にしていたことだが、そういった事情もあって誰も聞けずにいた。少なくとも、しばらく会ってもいないのに急にLINEを送って「これからどうすんの?」はさすがに印象が悪すぎるだろう。だが、会ってみるとそうした心のつっかえは意外となく、すぐに聞き出すことができた。
「Mは結局中退したんやろ?こっからどうすんの?」
聞けばゴールデンウィーク明けから地元企業で働くとのことだった。
彼は「いやぁ、●●(地元地名)は好きだけど、あと数年は都市部で過ごしたかったわ、若さの浪費よ」と言った。私自身も地元は好きだが、彼の主張にも頷けるところはある。ただ、私はそんな彼のことをほんの少しだけ羨ましく思う。
留年/大学中退は一般的にはマイナスなことだ。しかし、彼はそれと引き換えに得難い経験を積んだのも事実だと思う。少なくとも私が得ることのできなかった経験を得ている。居酒屋バイトに明け暮れ(時給がそう高くない地方都市で、ひと月のバイト代が8万円を下回ったことはなかったというからなかなかだ)、授業をサボってゲームや麻雀に興じたというM。そのなかで交友を深めた友人とはこれからも長く付き合っていくのではないだろうか。一度留年して、社会人となる同級生を尻目に「卒業しなければならない」という事実と向き合った1年間も、結果的に中退して地元に戻ってきた現状も、今は苦々しく感じたりもするかもしれないが、5年後10年後に振り返って「悪くなかった」と思うのではないか。そう考えると私はMのことがほんの少し羨ましかった。
ドライブは夜9時ごろから始まった。病み上がり(上がってもいなかった?)のHに運転させて、とくに目的もなく、その場で思いついた場所に行ってみたりした。沢山の鯉のぼりを渡してある川へ行ったり、イルミネーションがある場所に行ったり。夜の川は不気味で怖かったし、鯉のぼりも暗くてよく見えなかった。イルミネーションは季節限定(あるいは時間限定?)だったようで僕らが行ってもそこはただただ真っ暗だった。それから車を停めて、品のないゲームに暫し興じて午前1時ごろに帰宅した。
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途中から何を言いたいのか、何を書きたいのかもわからなくなって唐突に終わってしまった。
こうしてゴールデンウィークの過ごし方を振り返って思うのは、SもHもNもMも色々なものを抱えて生活しているということだ。中高生の私は"自分だけが主人公"という感覚で生きていたように思うし、誰かの生活にここまで思いを巡らすことがなかったように思う(もちろん、非常に近い距離で長い時間を過ごし、自然と同じ目線に感じていたということもあるかもしれない)。その点はここ数年での自分の変化かもしれない。
距離が離れていても、なかなか顔を合わせることがなくても、皆それぞれ自分のフィールドで頑張っているということは刺激になる。たまに会ったときに彼らが日々の生活で経験していることの話を聞くのも面白い。でも、彼らの存在が私の"日常"に組み込まれることはないと思うとそれはとても寂しい。
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