継続的にブログを書くには
近年まれに見る雨続きで梅雨が例年より1ヶ月ほども長引いているようなこのごろであるが、いかがお過ごしだろうか。
今日はネタがないため、これまでの経験上どういうときに記事を書くことができているのか、今後どうしていけば継続的に書くことができるのかを考えていきたい。
まずパッと思い浮かぶ方針として、本や映画などを読んだり見たりして、感想を書くというものがある。細部にこだわらなければ、記事の本数稼ぎにかなり有用だろう。しかし、内容を深めたいとするとなかなか難しいところがある。そもそも感想を書くというのは難しいことだ。先日感想を書いた「小説読解入門」でも似たことが述べられていたのだが、物語から多くのことを拾い上げるには知性と教養が必要になる。無理に文字数を増やそうとしてあれやこれやを書いていくと、自分の知性と教養のなさを露呈するかもしれない。これは恥ずかしい。
また、なにかを評論する際、ときにはある程度厳しい態度で批判的に論ずる必要があるのではないかと私は思っている。そして、そういうときこそ特に無教養を露呈しやすいだろう。これまでの私の書評の記事を振り返ってみると、ほとんど好意的な書き方をしていることがわかる。批評する力を養うために「小説読解入門」の著者が2005年に著した「批評理論入門」(https://www.amazon.co.jp/dp/4121017900/)も読んでみようかと思っている。
また、一時期、Yahoo!きっずの「今日は何の日」を参照して、それについていろいろ書くという試みもしていた。しかし、文字数を稼ぐことも、濃い内容にすることもなかなか難しかった。また、過去の記事をしっかり管理していないと数年もすればどこかで必ず内容の重複が起きるだろう。そういった意味でこの方法はあまり得策ではない気がしている。
もうひとつの軸として日記のように日々の出来事を綴るというやり方もある。私のブログでは「よしなしごと」のラベルの記事が部分的にそれをカバーしている。これの難しいところはそう毎日のように印象的な出来事が起こるわけではないという点だ。しかし、逆に考えてみると何もない毎日が続くのを防ぐためにそういうやり方があるのだとも思える。Youtuberを例にとって考えるとわかりやすいが、普通に過ごしていて面白い動画なんて当たり前のように撮れるわけではない。だからこそ、食べ物でも機械でも、なにか商品を買ってそれをレビューしたり、同業者とコラボ企画をしたり、レジャー施設に出かけたり、専門家に取材をしたりする。刺激的な毎日を過ごしたいから日記的なブログ(今ではBlogではなくVlogなんてものが流行っているとかいないとか。)を書く、というのはある程度理のある考え方なのかもしれないと思う。
しかし、それは私と相容れない。第一にコストの問題がある。なにかを買うにも、レジャー施設に行くにも金がかかる。金が有り余っている人なら話は別だが、そうでない私は単に「刺激がほしい」以外の動機があって、そのうえでその欲求を満たすのに見合ったコストかどうかを考えたうえでそういった体験をするというやり方を好む。「刺激がほしい」だけでも十分な動機にもなり得るがそういう日というのは頻繁にあるものではない。第二に、なんというか思想的な面で相容れない。特別な出来事というのは特別だから特別なのであって(進次郎語)、それを"日常"にしてしまうと本末転倒になるのではないかと思う。常に刺激を得ようとすると、薬物依存者が同じ摂取量では満足を得られなくなるように、必要なコストも再現なく高まっていくだろうという危惧がある(事実、容易に快感を得られる麻薬の類は非常に高値で流通する)。当たり前に手の届く範囲にも楽しいこと、面白いこと、思いを巡らせたくなることは多くあると思うし、そういったものを拾い上げていくような生き方をしたい。
ほどほどに/たまに、刺激的な出来事に出会いながら、当たり前に手の届く範囲にあるものを楽しんだり、それについて考えたりしていきたい。
最後はブログの書き方じゃなく生活のしかたの話になってしまったが、今日のところはこのくらいでいいだろう。
以上
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