帰省回顧録2021夏

 先日、盆の帰省をした。最後に実家に帰ったのは2019年の年末から2020年の年初にかけてであったから、実に1年と7ヶ月以上実家に帰っていなかった。新型コロナウイルスのパンデミックのさなか、帰省していいのか迷いはしたが、自分が一回目のワクチン接種を受けており、両親も祖父母も二回のワクチン接種を済ませていることから久しぶりに実家に帰るに至った。

お盆期間中、日本列島には前線が停滞し、多くの地域で雨続きとなった。私の実家周辺も例外ではなく、雨のせいか、寂れた過疎の街が以前にも増して閑散としているように思えた。バスを降りてしばらく待つと母が迎えに来た。私が帰らない間に我が家では車が買い替えられていた。20万km以上走ったというミニバンはお役御免となり、新たにハッチバックセダンが迎え入れられていた。見慣れぬ車に乗るのは変な気分だった。少年野球をしていたころ、大会や練習試合に向かうためにチームメイトの親の車に乗ったときの緊張感を思い出した。最近の車は座席の調節やパーキングブレーキが電動なのだと知った。

車から見える街の景色は代わり映えしなかった。中心部と言えるエリアでは銀行やスーパー、ガソリンスタンド、ホームセンターなど現代において健康で文化的な最低限度の生活を営むために不可欠な施設が、ボロボロになりながら、あるいは小さく建て替えられてこじんまりとしながら、そこに存在していることそれ自体が目的であるかのように、なんとなく構えていた。中心部を抜けると住居は田や畑の間にまばらにあって、アスファルトは見るからに古くて、いくつか立っている個人商店や飲食店を示す錆びたり剥げたりした看板が賑やかしになるどころか寂しさを増幅させていた。

私の家は田園地帯のさらに向こうだ。山を切り開いた道を行かねばならぬ。山道といってもさすがに舗装はそこそこ綺麗にされているし、道幅もそれなりにあるし、ヘアピンカーブなんかもない。雨が降り続いただけでなく、風も強い日だった。道には木の枝葉が多く落ちていたし、竹が道のほうに傾いてせり出していたりもした。そういった道を3kmほど行き、家に着いた。

我が家では2019年秋ごろから犬を飼い始めていたが、2年近く寄り付かなかった私は異質で怪しい存在と見做されたようで、警戒されかなり吠えられた。私の滞在中、近所のおばあさんが一度訪ねてきたがそのときも吠えまくっていた。失礼だし、躾がなっていない。

両親と同居する祖父は高齢であるが、一定以上老けると1年7ヶ月という期間はさして見た目には影響しないのだなと思えた。

母は明らかに身長が縮んでいた。もともと小柄ではあったが、私の肩よりも頭頂が低くなっていたのは驚きだった。父も小さくなったように見えた。また、体の節々が痛いとよく言った。以前はそういうことはほとんどなかったのだが。老いる両親を見て、その細い細い脛に必死にかじりついている自分を恥じた。

母の実家にも寄った。祖母がひとりで暮らしている。先述の祖父と同様、見た目は前に会ったときとなにも変わらないように感じたが、以前よりもかなり耳が遠くなったようだった。祖母は私のことを兄と間違えたし、従兄(つまり、祖母にとって孫)が今度結婚することになったことを何回説明しても聞き返してきたし、母は祖母の耳に口を近づけてバカでかい声で話した。私はひどく笑わされた。誇張でなく、ここ3ヶ月ほどで一番笑った。祖母は私に一万円札をくれた。何をあげれば孫が喜ぶのかと考えた結果だろうか。「水ようかんなんかでも十分喜ぶのに」みたいなことも思ったが、ありがたく受け取った。

盆休みはとにかく寝た。いつもは高校野球を見て過ごすが、今年は順延に次ぐ順延だった。寝正月という言葉はあるが、寝盆という言葉はあるのだろうかと気になるくらいには寝まくった。寝盆とは「新潟県南蒲原郡の7月18日のこと。盆の中心行事がすんで一段落した日で、ゆっくり休む。」らしい。寝るのが好きなのは「そういう家系だから」としか言えない。父も母も日曜日の予定といったら専ら昼寝だ。祖父も庭いじり以外の時間はだいたい寝ている。

保険の契約内容を変えたとのことで家に2台ある車のうち軽自動車のほうは自由に乗り回してよいと言われた。妹を助手席に乗せて山道へドライブに行った。こっちはヘアピンカーブもあり、道幅も狭く、傾斜もなかなか急なほうの山道だ。昔は、こうして妹とドライブに行く日なんて想像もできなかった。二人とも実家に住んでいると距離が近すぎてなんだかギスギスしていたからだ。途中で折り返し、帰りは妹に運転させた。私よりハンドル捌きが上手い気がした。

地元の知人とは会わなかった。連絡をとりもしなかった。連絡があっても、相手の変化に比べた自分の進歩のなさをまじまじと見せつけられるのが怖くて避けていただろうと思う。

寝盆だっただけあり、あっという間に日が過ぎた。帰りもまた、高速バス乗り場まで両親に送ってもらった。実家にいてもあまりやることがなく多少退屈ではあったが、それでもこうしてまた狭いアパートに戻るのは寂しいものだと思った。

行きのバスはかなり空いていたが帰りは乗客が多かった。私の隣に席をとっていたおじさんはおとなしそうな見た目ではあったが、乗車してすぐにドリンクホルダーに麒麟ビールを置いた。ハズレだと思った。

隣の客を気にしないようにして、本を読んだ。最近では稀な没入感だった。そういえば昔は車に乗りながら本を読むとほぼ確実に酔ったのだが、いつから平気になったのだろうか。

バスは目的地につき、電車で私は帰宅した。約一週間ぶりに寂しいワンルームアパートに帰ってきた。回収日が近いわけでもないのにごみ置き場にダンボールがうず高く積まれ、カラスが荒らしたのか生ゴミも散乱していた。ポストには、日本共産党のチラシと、水道業者のマグネットがねじ込まれていた。

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