【書評】小説読解入門

 小説読解入門 廣野由美子著


19世紀英国の地方都市を舞台としたジョージ・エリオットの傑作長編『ミドルマーチ』を実例に、「小説技法篇」で作家の用いるテクニックを解説。続く「小説読解篇」では、歴史や宗教、科学、芸術などの<教養>を深める11の着眼点で、小説の愉しみ方を伝授する。(帯の宣伝文より)


ミドルマーチは「十九世紀を舞台にさまざまな人間ドラマが絡み合う社会を描いた絵巻のような作品」であり、地方都市ミドルマーチ近郊に住むさまざまな社会階級の人の視点を通して、(「小説技法篇」でいうところの"パノラマ"を多分に取り入れて)社会の動きや人々の生活というものを描いている。私もこれを読んだことはないのだが、本書ではあらすじがあるので、読んだことのない人も安心して手に取ってほしい。

「小説技法篇」で印象的だったのは「ミステリー/サスペンス/サプライズ」について言及している部分だ。ここでは「小説の諸相」という1927年にケンブリッジ大学のトリニティ・カレッジでエドワード・モーガン・フォースターが行った講義をまとめた小説論集(wikipediaより)を引きながらストーリーとプロットの違いを説明している。
ストーリーとは、出来事を起こった「時間順」に並べた物語内容。他方、プロットとは、物語が語られる順に出来事を再編成したものを指す。

私たちはストーリーならば「それから?」と尋ね、プロットならば「なぜ?」と問う。

そして、
フォースターによれば、優れた小説とは、たんに次がどうなるかという読者の原始的な好奇心のみを刺激する「ストーリー」ではなく、出来事の配列を組み替えることによって深い意味合いを与え、読者に知性と記憶力を要求する高度な「プロット」の形態を備えたものである。

としている。
こうして説明されてみれば、自分の読書経験に照らしてもこれは非常に納得のいく説明でわかりやすいのだが、このように意識して小説を読んだことがあまりなかったため、感じるところは多かった。優れた小説というのはプロットの形態を備えている以上、ジャンルを問わず「ミステリー性」・「サスペンス性」を帯びている。こういった視点を持って意識的に小説を読んでいくとこれまでとは違った楽しみを見つけることができるのではないかと思った。

「小説読解篇」では「心理」のパートが特に印象的だった。このパートでは、文学とはそもそも人間の心を描くものであり、また、心理学の分野では文学を援用して理論を展開するという手法を取ることが少なくないことから、心理学的な視点を取り入れつつミドルマーチのいくつかの場面を説明しているものである。それ自体が印象的だったわけではなく、自分の知らなかった知識・概念を知ることが出来たという点で印象的だったのだが。
フランクルは『<生きる意味>を求めて』において、人間をホモ・サピエンス(知恵ある人)とホモ・パティエンス(苦悩する人)という二種に分けてみたとき、前者は図の横軸を移動し、後者は図の縦軸を移動するという。


このような考え方を用いてフランクルは、成功を収めながら絶望の淵に立つ人がいる一方で、失敗のなかに意味を見出し達成感や多幸感をもつ人がいる理由が理解できるとしたようである。このフランクリンの考えには賛否があるかもしれないが、ホモ・パティエンスという概念は良い。自称したいくらいだ。そもそも私はなにかを座標軸にプロットするのが好きなのだ。
本書では「ミドルマーチ」において中心的な人物であるドロシアが挫折を経て、身近で具体的な「義務」のなかに「生きる意味」を見出すことができるようになったのではないか、つまり、縦軸を移動するように転換することができたのではないか、としている。
このドロシアであるが、彼女には本書を結ぶにあたって非常に重要で、なおかつ強い印象を残す台詞がある。
「私は時々、朝早く目が覚めて、ひとりで外に出たとき、草のなかで動き回っているすべての生き物の鳴き声が聞こえるような気がします。世界は苦しみで満ち溢れていますわ。私にはそれが、沈黙の彼方で押し殺された叫びのように思えるのです。もしそれがすべてわかるほど、私たちの感覚が鋭かったとすれば、その痛みでやられてしまうでしょう。私たちはそれほど敏感でないことを感謝して、どんなにわずかなことでも、自分の仲間たちを助けるために自分にできることをするべきだと、私は思います」

地の文(『ミドルマーチ』における語り手)はこの「沈黙の彼方で押し殺された叫び」を「沈黙の彼方のどよめく音」と表現しているのだが、筆者は、文学とはまさにそれを前景化したものではないか、としている。
「通常の人間には聞こえない声が聞こえる繊細な感性を、一時的に私たちに付与しようとする存在が、文学のなかに溢れている声なのだと言えるだろう。」

少しでも多く「沈黙の彼方のどよめく音」を拾い上げたい。少しでも共感を拡大したい。快不快はあるけれど聞こえない声を聞いてみたい。
これらは、知性も教養も文化もないと嘆く我々が、それらを欲する理由の(たくさんあるうちの)いくつかかもしれない。

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