紫陽花

 アジサイを漢字で書くと紫陽花だということは広く知られているところであり、僕も知っていたがなぜ紫(むらさき)の陽(ひ)の花なのかということはあまり考えたことがなかった。

Wikipediaを見ると、唐の詩人、白居易が別の花、おそらくライラックに紫陽花と名付けたのを平安時代の学者、源順(みなもとのしたごう)がアジサイにあてたことで誤って広まったとのこと。

意外な理由だった。

ちなみに白居易が紫陽花と名付けた詩は以下の通り(https://kanjibunka.com/yomimono/rensai/yomimono-9281/より引用)。

 何年植向仙壇上  (何れの年にか仙壇の上に植えたる)

 早晩移栽到梵家  (早晩[いつ]か移し栽えて梵家[ぼんか]に到る)

 雖在人閒人不識  (人間[じんかん]に在りと雖も人識らず)

 與君名作紫陽花  (君の与[ため]に名づけて紫陽花と作[な]す)


そんなアジサイを今日見に行った。僕はけっこうアジサイが好きなのだ。好きな花トップ3には入る。そもそも思い浮かべたときに名前と見た目が一致する花が多くないのだが…

思えば、農村地域に育った僕にとって季節の変化というのはどちらかと言えば受動的に感じるものだった。花や草木はもちろん、山菜や海藻、蛙や雉や鷺の鳴き声。雪も積もるし新雪にウサギの足跡が残ってたりもした。アジサイだって家の庭にあったし近所にも軒先にアジサイがある家は多かった。都市部に来てみれば気候や天気で季節を察知することはあっても花や草木が目につく機会というのは多くはない。季節の移り変わりを愛でるためには自分から捕まえに行かねばならぬ。

このブログを読んだ皆さま方もぜひ家族や恋人や友人と梅雨を愛でに行き、アジサイに関する薀蓄でも披露してみてはどうだろうか。

以上



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