今日の怪文
昨日は散歩をした。8キロほど歩いた。
歩きながら色々考えた?
考えさせられた?
考えざるを得なかった?
どういう成り行きで?
因果で?
きっかけで?
その考えが浮かんだのかはわからない、記憶にない。とにかく不意に「いったい自分は何をやっているんだ?」という気持ちが湧いて一人で苦しくなった。ここ数年の自分の
心構えに?
言動に?
行動に?
生活に?
すべてに?
すべてに。
とにかくここ数年の自分のすべてに腹が立った。自分には何もない。志もなく、能力もなく、仲間もいない。苛立ちだとか妬み嫉みだとか汚い感情を自分のなかでひたすら循環させて増幅するばかりだ。そしてそんな自分に気がついてさらに気が狂いそうになる。気が狂いそうになるのを飼いならさなければならないと思う。
狂う?
狂わない?
投げ出す?
投げ出さない?
諦める?
諦めない?
諦めない。
猛獣使いにならなければならないと思う。
折り返し地点の公園にはハトと花と木とヒトとベンチがあった。ベンチに腰かけ、空を見て、木を見て、花を見て、土を見て、ため息をついた。
ハトを見ていると気持ちが落ち着いた。木とハトの二者択一を迫られたときはハトを選ぼう。
花を見ているとさらに気持ちが落ち着いた。ハトと花、どちらかを選ばなければならなくなったら花を選ぼう。radikoでラジオを聞き始めるとさらに気持ちが落ち着いた。花とラジオの二者択一を迫られたときはなんとかして両方選ばせてもらおう。
自分はよく顔が怖いだとか近寄りがたいと言われるが、草木や花を眺めたり好きなラジオ番組を聞いたりしているときは優しい気持ちになれている気がすると自分では思う。自分を優しい気持ちにさせてくれるものを大切にしよう。
この日はゴミ袋を携行して、道に落ちているゴミを拾いながら歩いた。来世のために徳を積まねばならないからだ。というのは半分冗談で、勇気がない人間になるのが嫌だからだ。ゴミに気づいていないのはともかく、ゴミに気づきながら見ていないふりをするのは勇気がないということだ。それが、時間に追われている通勤や通学時ではなく気ままな散歩のときならなおさらだ。
義を見てせざるは勇なきなり、というのはそういうことなのではないだろうか。
できた人間だとかキレイ好きだとかそういうことはどうでもいいだろう。ただ、勇気がないと思われるのは、腰抜けだと思われるのは我慢ならない。
よし、理由付け完了。
乱文というか怪文になりましたが明日からまた頑張って行きましょう。
気が狂う?
狂わない?
投げ出す?
投げ出さない?
諦める?
諦めない?
諦めない。
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