私の雪中行軍

 ちょうどこのくらいの時期だったと思う。当時の私はまだ中学1年生で、身長は160センチ台で、体重は40キロ台だった。そして毎日、教科書と野球道具をギチギチに詰め込んだ重いバッグを背負い通学していた。

道路には雪が積もっていた。最近でこそ雪がまったく積もらないような年もちらほらあるが、私の育った地域は豪雪地帯とまではいかなくとも、それなりに雪が積もる地域だった。

春から秋にかけて、私は自転車で通学していた。しかし、雪が積もっていると自転車で家と学校を行き来するわけにはいかなかった(実際には雪が4,5センチほど積もっていた日に、自動車が作った轍をなぞるように、慎重に自転車を漕いで学校へ行ったことが一度だけあるが担任の教師に叱られた)。冬季は朝は父親に学校まで送ってもらうことが多く、帰りには学校前の個人商店脇に設置されている公衆電話で母に電話をかけて迎えに来てもらうことが多かった。

その日はまだテスト期間ではなかったが、なぜか部活動が休みだった。確か長時間の職員会議が予定されており、顧問が様子を見に来ることができないから休みだったのだと思う。部活動がないということはつまり、私には放課後に友人と遊ぶ以外に選択肢はなかった。

中学生のころの私たちのメイン拠点は上田の家だった。彼の家は私の帰宅方向と同じ方向にありながら、学校からは300mほどしか離れていなかった。遊戯王やドラベース、MAJORなど漫画が多く揃っており、ファミコンからPS3までビデオゲームも充足していた。家の前の空き地は野球やサッカーをして遊ぶのにちょうどよかった。田舎の男子中学生にとってこれ以上の遊び場はなかった。

その日も学校終わりに、上田と、ほか二人ほどの友人とともに上田の家に行った。遊びたい盛りだったというのもあるが、母のパートが終わるまでまだ時間が掛かりそうだから、それまで時間を潰すという意味合いもあった。私と上田は無類のパワプロ好きだった。私が上田の家に行ったときはよくPS2のパワフルメジャーリーグ2009で対戦したものだ。だからおそらくその日も上田とパワメジャで対戦したのだと思う。

時間はあっという間に過ぎて、2時間ほど経った。外は随分暗くなっていたし、私の母のパートも終わっているだろう時間だった。私は上田の家の電話を借りて母に連絡した。こちらに向かうまでちょっと時間がかかるとのことだったから、じゃあ途中まで歩いているよ、と私は返答した。それから間もなく私は上田の家を出た。

遊んでいる最中は気づかなかったが、外は暗いばかりでなく吹雪いていた。上田は、私の母が来るまで居てもいいと行ってくれたが、私はその申し出を辞退した。今思えば正気の判断ではない。私はコートもジャンパーも持ち合わせていなかった。野球部で購入したペラペラのベンチコート(運動中に身体から発される熱を閉じ込めるくらいの機能しかなく、ほんとうにペラペラだった)くらいしか防寒着がなかった。制服の上に何も着ていないようなものだった。

私は母の「ちょっと時間がかかる」という言葉を甘くみてしまっていたような気がした。まさしく身体が芯から冷えていくようだった。マフラーやネックウォーマーでも持ち合わせていればまだ違ったのかもしれない。首から体温が逃げていくというのがよくわかった。母の運転する車はなかなかやってこなかった。吹雪でろくに見通せない視界の向こうに何度か車のライトが現れ、そのたびに期待したが、それは見知らぬ車で、ただ私の脇を通り過ぎていった。

いよいよ歩き続けるのがしんどくなった。履いていた靴も兄が以前履いていたお古のスノトレで、吹雪の中雪道を歩くのには十分な装備ではなく、つま先の感覚はなくなっていた。私は雪をかぶりながら、下を向いてただただ歩いていた。そうしているうちに、私の足元が照らされた。聞き覚えのあるエンジン音も聞こえた。顔を上げると母の車が止まっていた。

車に乗り込むと母は「上田君の家にいればよかったのに」というようなことを言った。母の言うことは明らかに正論だったが、私は不貞腐れて「もっと早く来いよ」と心の中で母を責めた。長く歩いた気がしたが、まだ上田の家から500mも歩いていなかった。

それから家に帰って夕食を済ませ、疲れからほかに何かする気も起きず、すぐに眠った。翌朝、とてつもないだるさを感じて体温を測ると38度台の高熱だった。あとから検査したところインフルエンザだった。無謀にも吹雪の中を歩き、その翌日高熱を出す、というのがあまりにもよく出来すぎていて母には呆れられた。私も4コマ漫画みたいだなと思った。

それから、その日のうちか少なくとも翌朝には私は快復し、出席停止期間も明け、およそ一週間ぶりに学校へ行った。朝礼で、「今日から三日間部活動は休止」と知らされた。どうやら私の感染から少し遅れて上級生でインフルエンザが流行し学年閉鎖になったらしかった。その日の授業を淡々とこなし、放課となった。私はまた、仲間とともに上田の家へ向かった。


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