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嫌なニュース、そしてそれに対する嫌な反応などが目に入ってしまう(自らわざわざ見に行っているという面も否定はできない)。私にとっては新型コロナウイルス感染症による社会の変化と東京オリンピックによってヒトのもつ獣性が浮き彫りになった感じがする。これらの出来事によって獣性が高まったというよりは、私が社会や世間と呼ばれるものに対してこれまで好意的なーー自分に厳しい言い方をするのならば、深みがなく軽薄なーー見方を持っていたというのが妥当だろう。自分をできた人間であるとは評さないが、倫理や道徳といったものに関心を持ち、自分の行動を俯瞰して見るように努めてはいたつもりだ。そして愚かにも、世の多くの人が同じような姿勢を持って規範ある社会をつくっているのだと信じ込んでいた。実際には、私が思っていた以上に人は獣性を剥き出しにして生きているようである。意識してか無意識にか、人は私の何倍何十倍も狡猾に生きている。このまま規範を大事に生きていても私は彼らに搾り取られ続け、気づいたときには何も残らなくなっているのだろう。そういうことなら。私も今まで信じていたルールを打ち捨てて、そちらと同じルールでやらせてもらう。大きく出遅れたぶん、同じルールで戦っても打ち勝っていくのは難しいのかもしれない。しかし、それでも、最後まで今の戦いを続け、骨の髄まで搾られることを想像すると、そこにも耐えていかなければならないと思う。もっともらしく飼い馴らされてきたが、噛み付いてやりたい。