suicide
学部生時代、大学の寮に住まわせてもらっていた。民間のアパートの家賃の相場の半額以下で住むことができ、家が裕福でない私は非常に助かった。
2年生のときだった。朝、授業を受けるために登校しようとするとパトカーが停まっていた。刻限が迫っていたため、なぜパトカーが停まっているかについてはあまり考えずに大学へ向かった。
昼過ぎごろになって、寮生に対し、「寮内で学生が死亡した。夜に大学からの説明がある」という旨の連絡がまわった。夜の説明の場に私は出席した。大学側からの説明は「寮生が寮内で死亡した。みなさんにとってはショックな出来事かもしれない。何かつらいと感じることがあったら大学の相談センターを利用してほしい」程度のものだった。公式の説明はこれにとどまったが、自殺であるというのが専らの噂となった。
寮内での共同生活の基本単位はフロアであり、例えば2階に居住していた私は普段頻繁に関わるのは同じく2階に居住していたおよそ15名のみであり、ほかの階の学生については以前の寮内イベントで少し交流があった者、学部が同じで授業などで多少関わりがあった者などと会えば立ち話などはする程度のものであった。であるから、以下で私が話す噂の内容は、死亡した学生が居住していたフロアに、ある程度親しい友人を持つ、私のフロアの先輩が語っていたものとなり、私自身は噂の発信源からはかなり遠い位置にあったということは断っておく。
死亡した学生は4年生の男子学生だということ、部屋のドアノブにタオルを結び首をつったらしいということ、遺書があったかはわからないが、周囲には4年生となり卒業研究のために研究室に配属されたが、研究室の先生から厳しい叱責を受けてかなり辛いと漏らしていたらしいということ。
何よりも個人的にショックだったのは死亡した学生を発見したのは彼と交際していた、女子寮に居住する学生だということだった(男子学生が女子寮に出入りすることは禁止されていたが女子学生が男子寮に出入りすることは可能だった)。そしてその女子学生はひどく憔悴しきっているということだった。
哀れみもあったろうが、ほとんど怒りに近い感情を憶えた。当時私には恋人はおろか友人もろくにいなかった(今でも変わっていない)。そんな私のような人間が、誰にも何も告げず、予兆すら見せずある日突然自殺するのならまだ納得がいく。なのに、彼はなぜ突然……
私は当時の彼の年齢を追い抜き、大学院に進学し、就職活動も終え、来年の4月からは社会人となる。つまりは、彼よりも少しばかり多く人生経験を積んだ。そのうえで断言する。生きてさえいれば、彼は間違いなく明るい未来を手にすることができたと。
どうしても指導教員と反りが合わないなら研究室を替えることもできる。タイミングによってはそれで1年留年となる可能性もあるが、死ぬことに比べたら大したことではない。そして、大学院に進学するのか、学部卒で就職するのかはわからないが、工学部の学生であった彼はいずれ技術者として日本のものづくりの一端を担ったのではないかと思う。
もちろん、「そんなことを考える余裕もないほど追い込まれていた」とも言える。だからこそ、自殺するという選択肢は、ほかの選択肢・ほかのルートと比較するまでもなく無条件で外すべきだ。
誰かに相談したとて問題が解決するわけではないだろう。気持ちは楽になるどころか更に沈むかもしれない。ただ、恋人という関係の人間が前兆もなく突然居なくなってしまったら、残された人間が自分を責めるというのは想像に難くない。相手にとって自分はその程度の存在だったのかと感じるはずだ。本気で自殺を考えている人は、こんなことを言われたくないだろう。それでも、「誰かに相談してほしかった」。
まあ、こんな話は私の押し付けでしかないのだが……結局人は人の痛みに対して無配慮なのだ、と乱暴な結論で結んでおく。
ここで寮内の学生間の距離感について触れて起きたい。私の記憶が定かであれば寮には200人あまりの学生が居住していた。男子寮と女子寮があり、建物こそ違えど隣接しており、飲み会や寮内のイベントで一定の交流はあった。
寮内での共同生活の基本単位はフロアであり、例えば2階に居住していた私は普段頻繁に関わるのは同じく2階に居住していたおよそ15名のみであり、ほかの階の学生については以前の寮内イベントで少し交流があった者、学部が同じで授業などで多少関わりがあった者などと会えば立ち話などはする程度のものであった。であるから、以下で私が話す噂の内容は、死亡した学生が居住していたフロアに、ある程度親しい友人を持つ、私のフロアの先輩が語っていたものとなり、私自身は噂の発信源からはかなり遠い位置にあったということは断っておく。
死亡した学生は4年生の男子学生だということ、部屋のドアノブにタオルを結び首をつったらしいということ、遺書があったかはわからないが、周囲には4年生となり卒業研究のために研究室に配属されたが、研究室の先生から厳しい叱責を受けてかなり辛いと漏らしていたらしいということ。
何よりも個人的にショックだったのは死亡した学生を発見したのは彼と交際していた、女子寮に居住する学生だということだった(男子学生が女子寮に出入りすることは禁止されていたが女子学生が男子寮に出入りすることは可能だった)。そしてその女子学生はひどく憔悴しきっているということだった。
哀れみもあったろうが、ほとんど怒りに近い感情を憶えた。当時私には恋人はおろか友人もろくにいなかった(今でも変わっていない)。そんな私のような人間が、誰にも何も告げず、予兆すら見せずある日突然自殺するのならまだ納得がいく。なのに、彼はなぜ突然……
私は当時の彼の年齢を追い抜き、大学院に進学し、就職活動も終え、来年の4月からは社会人となる。つまりは、彼よりも少しばかり多く人生経験を積んだ。そのうえで断言する。生きてさえいれば、彼は間違いなく明るい未来を手にすることができたと。
どうしても指導教員と反りが合わないなら研究室を替えることもできる。タイミングによってはそれで1年留年となる可能性もあるが、死ぬことに比べたら大したことではない。そして、大学院に進学するのか、学部卒で就職するのかはわからないが、工学部の学生であった彼はいずれ技術者として日本のものづくりの一端を担ったのではないかと思う。
もちろん、「そんなことを考える余裕もないほど追い込まれていた」とも言える。だからこそ、自殺するという選択肢は、ほかの選択肢・ほかのルートと比較するまでもなく無条件で外すべきだ。
誰かに相談したとて問題が解決するわけではないだろう。気持ちは楽になるどころか更に沈むかもしれない。ただ、恋人という関係の人間が前兆もなく突然居なくなってしまったら、残された人間が自分を責めるというのは想像に難くない。相手にとって自分はその程度の存在だったのかと感じるはずだ。本気で自殺を考えている人は、こんなことを言われたくないだろう。それでも、「誰かに相談してほしかった」。
まあ、こんな話は私の押し付けでしかないのだが……結局人は人の痛みに対して無配慮なのだ、と乱暴な結論で結んでおく。
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