文字渦
文字渦 円城塔
秦の始皇帝の陵墓から発掘された三万の漢字。希少言語学者が遭遇した未知なる言語遊戯「闘字」。膨大なプログラミング言語の海に光る文字列の島。フレキシブル・ディスプレイの絵巻に人工知能が源氏物語を自動筆記し続け、統合漢字の分離独立運動の果て、ルビが自由に語りだす。文字の起源から未来までを幻視する全12篇。(新潮社ウェブサイトより転載)
紹介文にもあるように、文字、とくに漢字についての短編12篇。知的好奇心を刺激されるテーマであり実際面白いと感じたのだが、明確なイメージとして話、ストーリー、プロットを掴むのはなかなかに難しい(というか自分にはできなかった)。ジャンルとしては雰囲気系SF、あるいは雰囲気系ミステリーにでも位置づけられるだろうか。
表題作にもなっている『文字渦』は中島敦の『文字禍』を"もじ"ったものかと思われるが、実際には内容としては関連は薄かったように思う。
文字というのが単に音を表すためのものではないというのは、私たちのよく知るところかと思う。私たち日本人の多くは文字自体に意味を内包している漢字を日常的に、頻繁に利用しているからだ。では、「文字というのは単に音とその文字の持つ"意味"によって情報を伝達するためのものである」とした場合はどうだろうか。これにも首を捻る人はいるだろう。書道というものがあるように、私たちは文字に対して芸術性を見出すこともできる。同じ文章であっても使用されているフォントによって受け取る印象が違ってきたりする。もっと飛躍した例でいえば、私たちの先祖は文字に大きな"力"を見出して呪符としたり儀式の道具としたりしてきた。
このような、文字のもつ力・文字のもつ生き物のような性質を扱っているのがこの本だ。
12篇のなかで特に印象的だったのは『境部さん』が最初に出てくる話(タイトル忘れた)で、この世界ではディスプレイの薄型化が進み、ほとんど紙と変わらない薄さのものが広く普及している(というより用途として紙(主に植物の繊維を原料とする)をほとんど置換している)。紙(主に植物の繊維を原料とする)と区別するために超薄型ディスプレイのほうは帋と表記される。ここで境部さんが発した重要な問いかけは「帋に描かれた文字は本当にそこに"ある"と言えるのか」というものだ。私たちが今使っているPCやスマートフォンの画面も薄くなっており、近い将来まさしく帋になるのかもしれないが、そのとき私たちは紙にプリントされた文字と帋に表示されたものを同等のものと見なせるだろうか。スクロールすれば帋の文字は位置が変わる。スクロールし続ければ文字は隅に追いやられ、やがて見えなくなる。少なくとも私にとっては紙の文字と帋の文字を同等に扱うのは難しいように思う。
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