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3月, 2021の投稿を表示しています

今ありて未来も扉を開く

 少しずつではあるが、桜が散っていた。地面に落ちたそれを拾い、腕を精一杯高く伸ばして上から落としてみた。花弁の面が水平になって空気の抵抗を強く受ける状態では確かに 5 cm/s くらいだなと思った。 そういえばセンバツも今日が準決勝だ。センバツといえば大会歌の「今ありて」がなかなかいい。下は歌詞の一部の抜粋。 新しい季節(とき)のはじめに 新しい人が集いて 頬そめる胸のたかぶり 声高な夢の語らい 踏みしめる土の饒舌 幾万の人の想い出 情熱は過ぎてロマンに 花ふぶく春に負けじと 明日からもう四月。最近陰鬱なことばかり書いていたが、新しい季節、花ふぶく春に負けじと頑張っていきたい。

3月の振り返り

 3月の振り返り。 2月に比べればブログのペースを取り戻せたという点ではよかったです。 そのほかは特に感想がありません。ぼーっと生きているのでいろいろなものを見落としていると思います。こうしているうちに綺麗なもの、面白いもの、楽しいものに気づけていないのかと思うととても悲しいです。 3月は別れのシーズンというかいろいろ切り替わる時期だから、過去のこと、未来のことを考えてしまってとても苦しくなりました。希望を持って一歩を踏み出したのにたどり着きたい場所にたどり着けなかったこと、飛び込んだ未知の世界に怯えて何もできなかったこと、自己評価を誤ったばかりに大失敗したこと、モラトリアムはいつか終わって何かしら道を選ばなければいけないということ、これからもこんな別れや喪失を何度も味わうであろうということ。 現在のことにフォーカスすると、同世代がどんどん大人になっていくことが悲しいです。僕だけ置いてけぼりにしないでほしいです。確かに中学や高校のころは楽しかったけれど、だからといってそのころに戻りたいというわけではないです。ただ、心の持ちようでそのころと同じように話したり、遊んだり、馬鹿やったりできるはずなのに、誰もそれを選択しないで、昔あんなにダサくてつまらないと思っていた大人色に染まっていくのが悲しいです。そして自分もそうなりつつあるのがわかるのが悲しいです。 「現実を見ろ」とか「大人になれ」という言葉はありますが、歳を重ねても夢や素朴な好奇心を大切にしている人はとても素敵だと思います。 以上

流れを変えてやりたい

 昨日、シン・エヴァンゲリオンを見てきました。内容にはあまり触れませんが、率直に、見に行ってよかったと思えました。泣きはしませんでしたけど、ゾクゾクする感じがしました。胸を打たれるというのはこういうことなのかと思いました。 というわけで、満足して帰宅したわけですが、気持ちが落ち着いてからは却って思考がマイナスのほうへと向かっていってしまいました。あのシンジくんが前に進んだのに自分は何をしているのだろう、このままでいいわけないだろ、でもどうしたらいいんだ、などなどマイナスの思考のループに陥ってしまいました。 ブログに陰鬱なことばかり書くのは嫌なのでこれくらいにしておきますが、なんというか、生きていて、生活というか人生に「流れ」ってあるじゃないですか。自分では今の流れを良しとはしたくなくて、流れを変えてやりたいけど、どうしたらいい流れを掴めるのかがわからないという状況。なんとか、なんとかしていい流れを掴んでいきたい。

祝 卒業

 大学を卒業しました。 この4年間、何をしてきたのか自分でもよくわかりません。川や湖に飛び込んで、全然うまく泳げなくて、ただ闇雲にもがいていたらとりあえず岸辺にたどり着きはした、という感覚。そしてこれからもうまく泳げず、闇雲にもがいて生きていくんだろうと思います。たどり着くべき場所もわからないうえ、泳ぐこともままならないのはとても苦しいことだと思います。 一般的に考えると、大学4年間は"大人"になっていく過程の最終盤の段階だと思います。自分の場合、これまで起こったいろいろなことを振り返ってみても、まだまだ大人にはほど遠いと感じます。 まず第一に、僕は大学に進学してから全然友だちがいません。高校までの同級生がそれぞれの進学先で新たに人との繋がりを築き上げていたり、大学で出会った、知り合い以上友だち未満くらいの人が幅広い交友を持っていたりするなか、僕は自分の殻に籠もって、世界を広げられずにいました。 一人でそれなりに頑張ってみた物事もありますが、それでは、何かを覚えたり、できることが表面的に増えたりしていても、心の成長という点では全く追いつけないような気がしています。 昔から自分が考えていた"大人"像との乖離からも自分は全然大人になんてなれていないのだと感じます。 大人は自分を律することができると思っていました。決めたことはしっかりやるものだと思っていました。今の自分は全然そんなことないです。自分との約束を破ってばかりです。自分を甘やかしてばかりです。 大人は他者への思いやりを持ち、誰かのために何かができるものだと思っていました。今の自分は全然そんなことないです。思いやりは一応あるかもしれませんが、何をするにも自分のことで精一杯です。誰かのために何かをしてあげられる状況にないです。こうして考えてみると、大人になるということがどういうことなのかそもそもわかりません。自分がハードルを高く設定していただけかもしれません。それでもやっぱり人のために何かできるようにはなりたいです。 大人に近づけたかもしれない点を強いて挙げるとすれば、以前よりも感謝の念をもつようになったことです。家族や地元の友人と離れてそのありがたみを知ることができました。4年間は苦しいことも多かったですが、それでも、やはりいい経験をしたと思えます。少なくとも高校を卒業して...

ワークマン 「しない経営」

 ENEOSプレゼンツあさナビ(ニッポン放送)の先週のゲストはワークマンの専務取締役の方だった。作業服のシェア一位、"機能性ウェア"として一般向けへの拡大も勢いに乗っている同社の経営についての話をしていた。 やはり印象的だったことは「しない経営」という方針の話だった。 第一に、社員にストレスをかけることを"しない"。納期やノルマを会社側から押し付けるようなことをせず、社員の自発性を促すようにしているとのこと。 第二に、ワークマンらしくないことを"しない"。ブランド的な付加価値はつけない、アパレル的なことをしない、機能性などといったワークマンらしさから逸脱しない。こういったことを大事にしているとのことだった。 第三に、価値を産まない無駄なことは"しない"。もともと無駄を省くということは大事にしていたそうだが、例えば、もともと社員同士の関係は良かったため、忘年会などの社内行事を極力廃止することにしたそうだ。この影響でパートの応募が5倍になったそうだ。 ほかにも、レジ締めを閉店後に行っていると無駄な残業につながったり、社員の帰宅時間が遅くなったりするということで、昼間のうちにレジの精算を行っているという話も印象的だった。 総合すると、社員にストレスをかけるようなことは価値を産まないのかなという感想を持った。

Q&A 恩田陸

 最近ブログ書けてませんね。有言不実行ですね。 先日読み終えた小説について。 恩田陸 Q&A ショッピングモールで火災警報器のブザーが鳴り、避難のために特定の経路やエスカレーターに人が殺到し、多くの人が死亡・負傷するという事故(事件?)が起こった。火災警報器が鳴ったことから当初は火災とされたが、そういった事実はなく、「何者かが有毒ガスを撒いた」という証言もあったが、事故後の調査で有毒な物質は検出されなかった。なぜこのような惨事が起こってしまったのか、Q&A形式の対話を通して真相に迫る、という話。 対話形式ということで地の文がほとんどないわけですが、それでいて、会話文から情景を違和感なく想像することができました。上から目線っぽい言い方になりますが、文が洗練されてるなと思いました。 事件についての対話を通して、現場にいた人たち(=証言者)の深層心理というか、日頃考えていることが炙り出されていくような感じも面白かったです。 肝心の事件の真相はというと、ぼんやりとしか読み取れなかったとはいえ、個人的にはちょっと興冷めでした。でも、全体的には本当に面白かったです。むしろ面白かったからこそ、「終盤どんな真相が明かされるんだろうか」と期待しすぎたんだと思います。

本捨てたほうがいいのか?

 本を捨てられないという話を以前したが、やはり捨てたほうがいいのではという気がしてきた。これから生きていく中で引っ越しは数回経験するだろう。その度に、あまり読み返しもしない本を整理して運ぶのがバカバカしくも思えてきた。死んだときにゴミとして残ってしまい片付ける人(業者か家族か)に迷惑をかけるのも嫌だ。 この悩みを解決するのが電子書籍だが、自分としては活字ものだとイマイチ内容に集中できないという問題がある。また、自分は電車などでの移動の際に本を読むこともあるのでバッテリーを気にしないで済むほうがありがたい。それに今まで買ってきた本は古本で安く手に入れたものも多いので電子書籍にするとコストの問題もある。何より、電子書籍はプラットフォーマーがサービスをやめてしまえば作品にアクセスできなくなるのは辛い(そう高頻度で読み返すわけでもないし、現実問題、たとえばKindleが今後十数年のうちにサービスを終了するとは考えにくいが。)。 みなさんこの辺りどうしてますか。

10 years ago

 あの日、僕は卒業を間近に控えた小学6年生だった。授業はだいたい終わっていて、卒業に向けてのあれこれをするくらいですごく浮ついた気持ちだったように思う。その日も午後の授業、終礼と済ませ、放課後は校庭でサッカーでもして遊んでいた。そのまましばらく遊んで日が暮れるころに帰るはずだった。 通っていた小学校は職員室がグラウンドに面していた。先生が窓を開けて大声で校庭で遊ぶ児童を呼んでいた。自分は絵に描いたような「悪ガキ」だったから、「またなんかやらかしちゃったかな~」くらいの気持ちで先生のもとへ駆け寄った。予想に反して、自分が怒られるわけではなく、「大地震が起こってここにも津波が来るかもしれないから、今すぐ、ただし安全に十分に気をつけて家に帰りなさい」という指示だった。学校は沿岸に近く、海のすぐ近くの道を通学路にしている児童も少なくなかった。 家に帰ると母親がテレビに釘付けになっていた。真っ黒な水が町を飲み込んでいく様子はとても現実のものとは思えなかった。翌日の新聞にもでかでかと衝撃的な写真が掲載されていたのをよく覚えている。翌日の朝礼では担任が「東北では卒業式を行うことができない同世代がたくさんいるかもしれない、自分たちは今こうして卒業を迎えられることに感謝して、立派な態度で卒業式に臨もう」みたいなことを言っていた。 あの日から10年が経過した。今でも避難生活を送っている人も多数いる中で、こういう言い方をするのは無神経かもしれないが、やはり自分の中では"もう"10年経ったと感じる。直接大きな害を被ったわけではないが、過去を振り返るうえで一つのチェックポイントになっている。 そのころの僕は卒業文集みたいなものに、将来の目標として具体的な職業などを明言するのは避けつつ、「人の役に立ちたい」というようなことを書いていた。10年を経た今、それに近づけているだろうか。将来についてちゃんと考える力はなかったから、どのような過程を経て、どんな形で人の役に立つとかまでは考えていなかったと思うけど、将来の自分にそれなりに期待はしていたんじゃないかと思う。小学6年生の自分をがっかりさせないためにもこれからまだまだ頑張っていこう。

ライスバーガーを作ってみたら革命が起きた

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 ライスバーガーというものがある。白ご飯を圧縮して、うまいこと丸い板状にして、ハンバーガーのようにいろいろな具材を挟んだものだ。ハンバーガーショップや喫茶店などでも提供され、一定の人気はあるように推察される。 だが一度冷静に考えてみてほしい。チーズを挟んだものをチーズバーガーと呼び、照焼チキンを挟んだものをテリヤキバーガーと呼ぶ我々としてみれば、ライスバーガーと言ったらバンズでご飯をサンドしてものを指すのが筋というものではないだろうか。 この発想に至るのにはそれなりに背景があって、プロ野球中日の小笠原慎之介投手は大のお米好きで、トーストにご飯を載せて食べるなんてこともするらしい(「ご飯トースト」と検索欄に入れると「ご飯トースト 小笠原」という候補が表示されました)。我々はご飯+パンという組み合わせを敬遠しすぎではないだろうか。自分はラーメンを食べに行ってライスが無料でついてくるととても嬉しい。実家ではうどんを食べるときに当然のようにご飯も出てくる。お好み焼きを食べるときに当然のようにご飯が出てくる。自分は十分に炭水化物+炭水化物に馴らされているのでご飯+パンもいける気がしたのだ。 そして実食。正直驚いた。「あれ?これあんパンだっけ?」 バンズのふわっとした感触を感じた直後、ご飯のつぶつぶ感を感じた(ご飯は少し硬めだった)。この「パンのふわふわ」→「つぶつぶ感」という経路を自分はつぶあんパンでしかほとんど経験したことがなかったから、つぶあんパンを食しているかのように脳が錯覚を起こしたのだった。しばらくするとさすがに餡のような甘さはないし、ご飯が勝ってきてしまうのだが、味もそんな悪いというものでもない。 本日、一つの革命が起きました。「つぶあんパンが食べたい、でも今手元には白ご飯とパンしかない」というとき、ご飯をパンに挟んで食べ、脳を騙すことができます。甘ったるい匂いを嗅ぎながらやると効果はさらに増すでしょう。

納得のいく一日か自問自答

納得のいかない日々が続く。あのときこうしていればもっといい生活ができたとか何かが手に入ったとかそういう類の話ではなく、毎日毎日、「自分は今日一日をより良く過ごす努力をもっとできたはずだ」という思いがつきまとう。 中学生のころだったか高校生のころだったか記憶が曖昧だが、部活動の顧問は「練習で余力を残しているうちは成長しない。クタクタになるまでやれることをやりきる。毎日の練習をいかに納得のいくものにしていくかが大事」というようなことをときどき言っていた。まあ、これに限らず、昔親や教師などに言われた言葉は頭に残っていて、日々の思考に影響してくる。 最後に「今日はやりきった、もうクタクタだ」と思えたのはいつだろうか。もう1ヶ月も2ヶ月も前になるような気がする。「ダメなときは気持ちの切り替えが大事」みたいなこともよく言われたが、こういう状態が慢性的に続いているのでは気持ちの切り替えとかそういうレベルの話ではなかろう。 今の自分がダメというよりは昔の自分は毎日毎日クタクタになって、その日持てる力を出し切るということをよくできていたなと思う。今の自分はなんだかずるいことを毎日やっているような気分になる。余力を残して「今日はダメだ~」なんて言ってるよりも、バカだと思われてもいいから真正面から壁にぶち当たって砕け散るほうがずっとマシだと思う。 明日こそ納得のできる一日にしたい。

気になるチラシ

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  気になる看板とかチラシがある。写真だといろいろ悪いのでイラストで紹介。 まずこれ。 電柱に貼り付けられていた。電柱に広告とかを出すのには確か電力会社の許可が要る。そして金貸しをやるのにも確か届出だか許可だかが要る。番号が携帯電話番号なのも絶妙な胡散臭さ。そしてテキストのみの白黒という点。電柱を管理する電力会社にでも問い合わせてみると面白いかもしれない。 2つ目はこれ。もちろん仮名です。 「家政婦紹介所」とか自分に縁がなすぎて気になる。利用者はいるのか?家政婦ってドラマとか漫画だけの世界じゃないの?自分が田舎出身だから知らないだけで都市部では割とよくあることなのか? 以上

ぼくたちの失敗

 ぼくたちの失敗 という歌を知った。 森田童子という歌手が1976年にリリースした歌。彼女自身は1983年に引退したが、1993年に「高校教師」というドラマの主題歌として採用されて大ヒット曲となったようだ。17年もたってから大ヒットとなるというのは自分の感覚からすれば驚きだ。 この森田童子という人のことを調べてみると、彼女自身は学生運動の全盛のころとは重ならないが、学生運動をしていた大学生との交流を高校生のころに持っており、彼女の楽曲の背景には学生運動の失敗や挫折があるなんて話が出てくる。この、「ぼくたちの失敗」もそんな曲の一つだという見解もあるようだ。真相はどうであれ、それを踏まえて聴くとまた違った趣がある。学生運動はエネルギーと時間を持て余した学生たちがそれの発散先として行き着いたものだと個人的には考えている。時代が違っていれば自分もそれに加わっていたかもしれないと思う。そして時代が違わなくとも、時間を持て余し、有効に使うことができなかった自分の学生時代もまた「失敗」だ。 地下のジャズ喫茶 変われないぼくたちがいた 悪い夢のように 時がなぜていく ・・・・・・・・・・本当に悪い夢のようだ。

不覚にもウマ娘プリティーダービーにハマったかもしれない

ウマ娘プリティーダービーというスマートフォン用ゲームがリリースされた。事前登録が始まってから3年近く経過してのリリースというゲームそのものでない面で話題になった感もあったが、それなりに盛り上がっていたので軽い気持ちで自分も始めてみた。 こういう言い方は無粋かもしれないが、有り体に言えば、ゲームの目的はウマ娘という競走馬を擬人化したキャラクターを育てて能力を上げ、レースに勝つことだ。 どんな点がよかったのかというと、第一にレースのCGアニメーションが本格的で迫力がある点。パターンは当然限られているが、実況や解説の音声もついており競馬中継を見ているような気さえする(熱心な競馬ファンからすればそうではないかもしれないが)。 第二にレースで勝ち続けることが簡単ではない点。ゲームには様々なモードがあるが、先に述べたように速いウマ娘を育てる「育成」が柱となる。ゲームとしては「パワプロ」を思い浮かべるとわかりやすいと思う。ターンごとにトレーニング、休息など行動を選んで少しずつ能力を上げていく。数ターンから十数ターンごとに「目標」を達成しなければならず、この目標が達成できなければその時点で育成終了となるシステムだ。この目標は主に「○○のレースで何着以内」という内容のものが多く、つまりレースで良い結果を出し続けるほど能力が高いウマ娘を育成できる。そしてそれはなかなか難しい。 自分は昨日、ゲームを始めて4日目にしてようやく目標を達成し続けて育成を完走することができた。一応ゲーム中の世界の設定として、ウマ娘はアイドル(?)という面もあり、レースの結果が良いほどレース後のライブでセンターに近い位置を獲ることができるということになっている。自分は普段はそのライブの部分はスキップしていたが最後のレース後のものは感慨深いものがあり、よく目に焼き付けた。 それを見ながら「あれ?この感覚はどこかで味わった気がするぞ」と思った。パワプロシリーズの「栄冠ナイン」で初めて全国制覇して校歌が流れているときの気分だと思った。栄冠ナインでは高校野球の監督となって選手を育て、試合では選手に指示を出し、全国制覇を目指すというゲームだ。ある程度指示はできるものの、自分で投球や打撃の操作をするのと比べると不確定な部分が非常に多い。そのぶん、勝ったときの感激も大きく、強豪を倒したときは心から選手を労いたくなる。 ウマ娘も...

3月はアンテナを高くしていきたい

2月は日常に目を向けることができない期間が続いた。それによって、「週4ペースでブログを書く」という目標にはほど遠い更新ペースになった。だから、3月はアンテナを高くしていこうと思っていた矢先、昨日気づいたことがある。 11月くらいから、外出するときには頻繁に、それも自転車に乗るときなんかは必ずと言ってもいいほど、手袋をつけるようになっていた。しかし、昨日の帰宅の際は、まったく無意識のうちに手袋をつけずに自転車に乗っていたことに気づいた。 日中の陽が射しているうちは暖かい日もあるものの、朝夕は冷え込み、春はまだ遠いなと感じていた。だが、昨夜も今朝も、手袋をつけずに自転車に乗っていても特に不快な感じはなかった。意識を向けていないから気づかないだけで、少しずつ春に向かっている。そういえばラジオで流れてくる音楽も春のうたが増えてきた気がする。意識を向ければ変化に気づけることもある。 今日の気づき 「暗中模索 と ニャンちゅうオタク で韻が踏める」 

フックの法則

 2月の中ごろ、高校のころの同級生から突然LINEがきた。 「Among Usやらない?」 久しぶりの連絡がこれかよとも思ったが、そのまま12人ほどのメンバーでLINEグループが作られ自分もそこに入った。 それから半月あまり、実際に何度かLINEのグループ通話機能を使いながらAmong Usをプレイした。ゲーム中はほとんどマイクをミュートにしているし、ミュートを解除するときも時間が限られているから余計なことは話さない。それでも、ゲームの合間に誰かがトイレに行ったりだとか、途中で入ってくるメンバーを待ったりしているときなんかは他愛のない話をする。そういったなかで、もう2年や3年まったく連絡をしていなかった人間の近況が見えてきた。皆、それぞれの場所で頑張っていて自分は置いていかれてしまっているような気分になった。 一方で成績が思わしくなく、留年が決まった者もいる。彼に対してもそれはそれで羨ましいという感情を抱く。自分で言うのも変な話だが、自分はこれまで割と羽目を外さずに生きてきたと思う。これ自体は胸を張れるとまでは行かなくとも、プラスに捉えることができる。しかし、それ故に、いつかとんでもないことをしてしまうのではないかという恐怖は年々増大する。変なことをするときというのは、押し縮めたバネを離すようなものかもしれないと思う。そういう意味で自分はもうずっと長い間、バネを押しっぱなしだ。押したぶんだけバネは跳ぶ。いつか「若気の至り」では済ませられないことをしてしまうのではないか。 留年した彼はこれでバネにかかっていたテンションを解放したのではないかと思う。バネを押し続ける自分だけ、異常さが先鋭化していく。