変化を拒む…ことはできない

 3月も残り一ヶ月となった。ここ2週間ほどは、街を歩けばスーツやドレスを着た両親と歩く幼稚園児、袴姿の若い女性などを見かけることがあり卒業シーズン、別れの季節であることを感じさせられた。

私も4月から環境が変わる人間の一人で、それも学生から社会人へというおそらくは大きな変化となる。帰省とちょっとした旅行は3月上旬のうちに済ませており、それからはずっと、特にやることがなく苦痛だった。このことはまあ別の話としておいて、今月に入ってからずっと「4月からの自分はうまくやっていけるだろうか」という答えの出ないことを悶々と考えている。ひとことで言えば不安に押しつぶされそうなまま日々生きている。

思えば、小さいころから環境の変化が本当に苦手だった。小学校の低学年のころには、父の解雇後の再就職に伴って転校を経験した。ちょうど年度の切り替わりのタイミング、4月の始業式から転校となったが、そうなってしまったことが嫌で嫌で仕方がなくて、「こんなところに来たくなかった」と思いながら初日の午前中は机に突っ伏してずっとメソメソしていた。同級生が声を掛けてくれたから新しいクラスメイトとも打ち解け、楽しい学校生活を送ることができたが、あのまま自分の殻に閉じこもったままだったらどうしようもない日々になっていたと思う。

それからも中学校、高校、大学とステージが変わっていくごとに環境の変化に戸惑ってうまく適応できたりできなかったりした。結果はともかくとして、環境が変わる直前、つまりはこの3月という時期にはいつも自分は新しい場所でやっていけるだろうかということばかり考えていた。

しかしながら、冷静に考えてみれば結果的に多少の失敗はあれどなんとか今日まで辿り着いたわけで、それを踏まえるとこれまでのようにその場その場で努力をしていれば、そう悪い結果にはならないだろうとも思える。そもそも、今こうしてビクビクしていることそれ自体は未来に対してプラスの作用をもたらさない。

「飛び込んでみれば意外とやっていける」

今回もそう思えるようにその場その場で正しい努力をしていきたいと思う。私の未来に幸あれ。

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