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5月, 2021の投稿を表示しています

5月の振り返り をしようとしたけどできなかった

5月は自分の薄っぺらいところが随所に出た。 成り行きに任せててもそれなりにやってこれたから、成り行きに任せるのが自分のなかで当たり前になっているというか、自分の意志が行動に介在することがあまりない。それもひとつの生き方だと考えてはいるけど、そういうことをやっているから薄っぺらいんだと思った。 でも、やっぱり、何が何でも実現したいことなんて別にない。そこそこ頑張ってさえいれば大抵の物事が、満足するとまではいかなくとも妥協できる結果に落ち着くと思ってしまっている。 正直言ってみんなこんなものだろうと思う。そりゃ、戦争のない世界、子どもたちが皆夢を持って生きていける世界になればいいよなとは思うけど、それは僕の守備範囲じゃない。もっと小さい規模で、「自分の周りの人を何かしら助けてあげられるくらいにはなっていたい」くらいのモチベーションで生きている。あまりにも漠然としているから、それに向かって「死ぬ気で頑張る」とは全然思えないし「そこそこ頑張る」くらいのテンションだけど。そもそも本気の出し方というものがもうわからなくなっているけど。 でもまあ、時と場合によってはこのこだわりのなさは長所になると思う。集団のなかに僕みたいなのが一人いたらあれをやらせたりこれをやらせたりでいろいろ便利でしょ、きっと。 「薄っぺらい」という話からこれだけ屁理屈をこね回すってのがそもそも薄っぺらいよなと思う。全然5月の振り返りになってないし。そんな自分も良しとできるだけのこだわりのなさ、適当さを維持していきたい。

激辛よさらば! 我が代表堂々完食す

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【ペヤング特派員二十八日急報】まるか食品ペヤングやきそばシリーズに属する「ペヤング獄激辛担々やきそば」を食す臨時昼食会はいよいよ二十八日午後零時二十分に、筆者を主催者とし異常の緊張裏に開会された。後衛は水、氷、生卵、マヨネーズと盛況である。まず筆者の「いただきます」との開会宣言あって後、獄激辛ソースをかけ、ソースを麺全体にまんべんなく絡める運びとなった。次いで我が代表こと筆者が麺を口に運んでいった。時に午前零時四十五分、かくて昼食は二十五分の長きにわたり、筆者は「ニラを入れたくらいの違いで坦々を名乗らないでほしい」と結び「ごちそうさま」をした。 =========== 獄激辛、獄激辛カレー、獄激辛坦々やきそばと獄激辛に挑んできましたが、初めて生卵の助けなしに完食することができました。前評判では獄激辛坦々やきそばは辛さは少しマシという話も聞いてはいましたが、そんなことはなく、口に入れて2、3分のうちに唾液、汗、鼻水、涙と顔の至るところから体液が漏れ出しました。しかし、生卵などのチートなしに完食したこと、水を飲む量もこれまでと比べて少なかったことを考えれば確かに辛さは少しマイルドになっていたのかもしれません。それでも、激辛好きでもない限り安易に挑戦しないほうがいいだろうと思います。対戦ありがとうございました。

無題

 目標は達成できないと知って、成し遂げようとして焦らないようにはなったが、何か変わったというわけではなかった。これといって趣味がなく、酒も飲まず、煙草も吸わず、賭け事もしない自分には気が向いたときに音楽を聴いたり、本を読んだりするくらいしかやることがなくなった。

"どうでもいい話だけど"

 「どうでもいい話だけど」 なにか話すときにこういう前置きをしてしまう癖がついたのは中学生のころ、仲間内でそれが定着したからだ。誰がいつごろ最初にそれをするようになったのかもなんとなく覚えている。 彼がどういう理由でそうするようになったのかはわからない。想像することしかできない。控えめで、気配りができる性格が自然にそうさせたのかもしれないし、なにか意図するものがあってやったのかもしれない。ただ、それが僕たちの間で広まったのはきっと、どうでもいい話をして場をしらけさせるのが怖かったからなんだろう。 今となってはどうでもいい話なんて相当に突飛なものでもなければ、大抵笑って受け入れられるように思う。友だちなのだから。田舎町の、一学年に一クラスしかない小さな学校で、僕たちは本当に長い間同じ時間を過ごしていたのだから。 それでも、当時は皆、胸の奥に「ちょっとした弾みで自分はたちまち集団から排斥されてしまう」という危機感のようなものを抱えていたのではないかと思う。思春期の人間関係にはそういった独特の空気感がある。実際、そのころの自分たちといえば、どうでもいいことに腹を立て、どうでもいいことに反発を覚え、どうでもいいことに泣いたり笑ったりしていた。 そうするうちに自然と「どうでもいい話は前置きなしにしてはいけない」と刷り込まれた。友だちなのに遠慮を覚えた。と僕は思う。今の僕たちが険悪な仲だというわけではない。帰省のシーズンになって、声をかける人間がいればそれなりに集まる。でも、中学生のころのあの記憶が嘘なんじゃないかと思えるくらいには疎遠だ。仲間のうちの一人となんとなくそういう話をしたこともあるが、「みんな忙しいだろうし」とか「みんなそれぞれ今いる場所の人間関係があるだろうし」とかそういう言葉が帰ってきた。僕も同じようなことを思っていた。 これは仕方のないことかもしれないし、後で振り返ったときにこれもまた"どうでもいい"ことになるのかもしれない。それでも、「僕たちのなかに一人や二人、もっと無遠慮なやつがいたらどうなっていただろうか」と思わずにはいられない。

松岡修造 vs 僕

 日曜日、なんとなく気分が落ち込んでいたのでたまたまおすすめに出てきた松岡修造名言集みたいなYouTubeの動画を見ました。優しい言葉とか熱い言葉も良かったのですが、「お前ふざけんなよ!」みたいなことを言っている映像が一番心に刺さりました。いろいろ見ていくうちに松岡修造公式YouTubeチャンネルというのがあると知りました。2017年からあるようですが知りませんでした。さっそくチャンネル登録しました。この日曜日、月曜日、火曜日と3日連続で松岡修造の動画を見てから寝ています。気合いを入れて一日一日を過ごせるようになりたいです。

アニメーション映画 Hello World を見た

 連休中の話なのでもう2週間前の話ですが、プライムビデオの見放題対象になっていたので視聴しました。 ジャンルとしてはいわゆるセカイ系になるんでしょうか? 京都を時間的・空間的に記録するということが可能なのだろうか(そしてそれにどこまで意味があるのか)とか、それによって世界が入れ子構造になることで生まれる事象はそんなものなのだろうかとか、そんなことも頭を過りましたが、「そもそもそういうコンテンツではないよな」と思って無視しました。 感想というか一つの発見ですけど、自分の心のなかで"先生"に肩入れしている部分が割と大きくて、成長したなというか大人になってしまったなと思ってしまいました。序盤、図書館で先生が涙を流すシーンがかなり強く印象に残っています。数年前に見ていたら先生に肩入れするどころか明確に敵として見ていたように思います。あと、一行さんがかわいかった。以上。

画面を割ったスマホと同じスマホを買いました。

 先日、スマホの画面を割った話をしました。以前使っていた機種をサブとして手元に残していたのでSIMカードを入れ替えてそれを再びメインとして使うということにしてもよかったのですが、どうしてもAQUOS R2 compact くんを諦めることができませんでした。 最初は修理に出すことを考えました。具体的な数字は見積もりしてもらわないとわからないわけですが、概ね1-2万円程度の場合が多いようです。しかし、4万円ほどかかったというような話もありました。修理価格の見積もりを出してもらって、価格によっては修理をやめることもできるのですが、製品をやりとりする送料はかかるため、それなら中古で比較的キレイなものを買おうと決めました。 ヤフオクでは中古の美品は2万円台後半のものが多かったです。これはちょっと手を出しづらいなと思ってメルカリで見てみると送料込みで2万円というものがありました。背面や側面に少しキズがあるものの、そもそも自分は画面保護フィルムも貼らずに裸で使っていたのであまり気になりませんでした。電池の状態も良いようでした。しかも、使っていた画面保護フィルムとケースもそのままにしてくださるということだったので、修理ではなく中古購入という選択はなかなか良い判断だったのではないかと思いました。心残りは本体の色がブラックだということくらいです(これまでずっと白いスマホを使っていました)。 とはいえ、2万円というのは貧乏学生にとってはやはり高い買い物です。前回も言いましたが、今後スマホの画面を割ることがないように生きていきたいです。 あと、画面が割れているもの、SIMを入れていないものを含めて手元に4台スマホがあるのでいい加減一台売りたいです。

スマホの画面を割りました

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 昨日、スマホの画面をバッキバキに割りました。いわゆる蜘蛛の巣状態です。これまで5機種スマホを使い、どれも何度も落としてきましたが、画面が割れたのは初めてです。かなりショックです。 小雨が降るなか自転車に乗っていて、信号待ちでポケットから出そうとしたときに手から滑り落ちました。信号待ちの間くらいボーッと空でも見ていればこんなことにならなかったのにと、とても後悔しました。どこで運命の歯車が狂ってしまったのでしょう。 AQUOS R2 compact 。今や希少なコンパクトサイズ。そしてコンパクトながらハイエンドのチップ搭載。本当に気に入っている機種でした。諦めきれずに、メルカリで中古を買いました。焦るあまり、FeliCaを初期化してあるか尋ねるのを忘れていました。どこで運命の歯車が狂ってしまったのでしょう。 小さいころから、親からは物を大事にしなさいと言われてきました。もう十何年も言われているのに守れないのが情けなく、そして悔しいです。もっとちゃんとしたいので次スマホの画面を割ったら死んでやるくらいの気持ちで生きていきたいです。

2021年4月のふりかえり

この4月は過ぎた時間を悔やんだり悔やまなかったりしました。いや、それは毎月、毎週、毎日のことか。 4月は程度の差こそあれ、多くの人にとって環境がいっぺんに変化する季節だと思います。いつものことながら、4月はその変化についていくのに必死でした。余裕がありませんでした。ただ、人間余裕がないくらいがちょうどいいのではないかという気がしました。余裕がないぶん、余計なものに悩まされることが比較的少なかったような気がするからです。 極端に言えば、余計なことに悩まされているうちは、目的に対する必死さが足りないのかもしれません。

ドレスよりハウス

室井滋さんのエッセイ。 室井さんが30代のころ、家を建てるときに、俳優という特殊な職業柄、どのようにローンを組めばいいのか、土地はどのように選べばいいのか、間取りは?建築士は?工務店は?などをどのように考え、どのように実行してきたかを綴ったもの。 世間知らずの自分は、建ぺい率や容積率の法規制なんか全く知らなかったので、そういった点は普通に勉強になった。 印象的だったのは、職人さんたちへの差し入れなんかはどうしたらいいだろう?と考えて知人に相談したところ、「作業しとる人達は、施主の態度見とるよ」「機械やロボットが家を建てるんやないんよ。人間よ」「施主がどんだけこの家に夢を抱いとるかっていう熱意を態度で示さんならんちゃね」と、昔のように一日三回の差し入れとはいかなくとも、できる限り顔を出して、職人さんたちとコミュニケーションをとらなければならないよ、と説かれた話。機械やロボットじゃなくて人間が建てる、ほかの職業にも言えることかもしれないけれど、家という大きな買い物ならなおさら、作業をしてくれる人との関係というのは大事にしなくちゃいけないよな、そうだよな、と思った。 家を建てようと思っているそこのあなたにオススメです。