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1月, 2021の投稿を表示しています

今週は全国学校給食週間だったらしいです。

 最近暖かくなってきたなと思っていたところに、今朝の風はとても冷たかった。三寒四温というやつだろうか。昔の人はうまいこと言ったもんだと素直に関心する。これから暖かくなったり寒かったりを繰り返して少しずつ春になっていくのだろうか。ちなみに今日も朝こそ寒かったが、昼近くになると陽が射してきて、1月の上旬と比べれば十分に過ごしやすくなっている。 ところで今週は全国学校給食週間らしい。給食の話になると美味しかった派とクソ不味かった派に分かれがちだ。自分は美味しかった派だ。話を聞くと地域の給食センターから配送されてくるシステムだった人は不味かった派になりやすい気がする。自分の場合、学校内で調理されていたから、美味しかった派になるのも納得だ。 この全国学校給食週間中は特別献立が多くの学校で登場するらしい。この週間中だったかまでは記憶にないが、"世界味めぐり給食"と題してキーマカレーとナンだったり、タコスだったりが出てきて嬉しかった覚えがある。"全国味めぐり給食"とか言ってせんべい汁(青森)だったり味噌カツときしめん(愛知)だったりが出たこともあった。こうして思い返すと郷土料理週間のような日もあったし、定期的に栄養教諭や給食委員が特定の野菜を取り上げてその歴史や栄養について話したりするようなこともあったから比較的食育に力を入れていた学校だったのかもしれない。 給食、懐かしい。今も好き嫌いはないし、自分で料理をするのも割と好きなのは給食のおかげかもしれない。改めて、当時の栄養教諭の方、調理員さんに感謝。 以上

2000年代海外SF傑作選

 前回レビューを見て悲しくなった話を書きましたが、そもそもレビューを見ることになったのは本の感想をこのブログで書こうとしたからでした。 ネタバレ的なところもあるので注意。 2000年代海外SF傑作選 ハヤカワ文庫  です。 印象に残ったのは劉慈欣の「地火」。劉慈欣といえば今すごく人気の「三体」の作者ですね。僕は読んだことがないのですが、Netflixでドラマ化するみたいな話を聞いたのでそのときは見てみたいです。 主人公の劉欣は、幼いころ父親が炭坑夫として劣悪な環境で働く姿を見てきたこともあって、石炭を掘削する技術の研究者となる。研究者となってからも相変わらず炭坑夫たちの労働環境は変わらない。劉欣は、人間の制御下でわざと石炭を地下で燃焼させ、パイプからガスだけを取り出すというプロジェクトを売り込み、実行にこぎつけるが…… という話。ひとことで言えば劉欣のプロジェクトは失敗するわけですが、今のCOVID-19関連で治療薬やワクチンに関する情報が錯綜している中で、科学者や技術者は拙速であってはならないという警句にも思えました。 ほかは「可能性はゼロじゃない」あたりがわかりやすくて印象に残りました。 ある日から突然、ニューヨーク市でだけ、通常では起こる確率が低い出来事(大きな交通事故や鉄道事故だったり、通勤中自転車が壊れて大怪我をしたり、2個のサイコロを振ったとき何度も連続してゾロ目が出たり。)が起こるようになった世界の話。あまり大きな出来事が起こるような話でもなく、自分の中のSF的面白さというのは薄いのだけれど、この世界の設定がなんだか気に入ってて好きな作品でした。 以上

レビューを見て悲しくなった話

 読んで面白いと思った本のAmazonでのレビューを見たらなかなか辛辣なコメントが書かれていました。自分は面白いと思っただけに、とても悲しい気持ちになりました。本に限らず映画でもこういうことを経験したことがあります。 好意的なコメントだけを書けとは言いませんが、そもそも、好き嫌い、合う合わないで済むところを、出来不出来に結びつけてかなり極端に論じているコメントが多いと思います。自分はかつて「なんだこれ。こんなのを好き好んで読む(見る)やつの感性がわからない」と思ったものでも、何年かしてから見るととても面白く感じたという経験があります。自分が楽しみ方をわかっていないという可能性も考慮に入れた上で評価するようにしたいと私は思います。 「何が言いたいのかさっぱりわからない」というようなコメントも目につきます。本でも映画でも、より多くの人が理解できるに越したことはないかもしれませんが、そこにこだわりすぎると却って全体としての質が下がりかねないということもあると私は思います。ですので「何が言いたいのかさっぱりわからない」というコメントは「自分にはこれを理解するだけの能力がありません」に置き換わり得ることを頭に入れておきたいものです。 より強い言葉としては「読む(見る)だけ時間の無駄」というコメントもあります。これはなんだかもったいないと思います。私は、たとえば小説や映画なら、物語全体としてはあまり好みではないと感じても心に残る一文、一台詞に出会えればそれだけで無駄ではなかったと感じることが多いです。新書なんかでも全体としての論理があまり理解できなくても、知識が1つ2つ増えただけでもよかったと思えます。どうせ同じだけの時間を消費するならはじめから時間を無駄にしないことを意識した読み方・見方をしたほうがずっと得だと思います。 以上

ペヤングやきそば 獄激辛カレー

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 タイトルの通り食品レビューみたいな記事です。 最近Twitterでよく目にしてたので、ブログネタ的にこのビッグウェーブに乗るしかないよな~とは思っていました。なので一週間頑張った自分を労う気分で購入。 パッケージはこんな感じです。自分はセブンイレブン、ローソン、ファミリーマートと覗きましたがファミリーマートでしか見つけられませんでした。参考までに。 外装ビニールを剥がし、小袋を取り出す。小袋はかやくとソースの2つ。 お湯を注いで3分待ち、湯切りをした状態が以下。 ソースを入れてかき混ぜると以下。 ソースを混ぜていると確かに辛そうなカレーの香りが部屋に漂いました。 テレビ番組の「激辛メニューに挑戦!」みたいな企画でもよく言われている気がしますが、辛さは口に入れてすぐにくるわけではなく、少し遅れてやってきます。今回も、はじめはあまり辛さは感じずに、カレーっぽい匂いだけが感じられました。 しかし、15秒くらい待つと次第に舌がヒリヒリしてきてそれはやがて激痛に変わりました! 痛い、あまりにも痛い。 急いでコップに水を汲んで舌を冷やしました。この時点で麺の4分の1ほどを腹に入れていました。冷たい水を口に含んで舌の痛さを誤魔化します。その間になんかお腹のあたりに変な感覚があるなと気づきました。胃が痙攣しているというかヒクヒクしているようなそういう感覚でした。本当に胃かはわかりませんが。今日は昼食を食べてから間食もしていなかったので、空きっ腹に激辛な食べ物を入れるとこういうことになるんだなと思いました。 舌の感覚が戻ってきたのでふたたびやきそばと対峙します。辛さを感じたら負けなので、とにかく素早く麺をかきこんでやろうという作戦に出ました。4分の3ほど残っていた麺を3分の1くらいまでなんとか減らしました。 第二陣は第一陣より早く激痛がきました。そして激痛は第一陣より長く続きました。 そういえばここまで味についての言及が少ないですけど、ソースをかけてかき混ぜているときが「カレー感」の最高潮でした。口に含んで数十秒経ってしまえばカレーの要素が全くといっていいほど感じられませんでした。 とにかく痛みがおさまるまで水で舌を冷やします。 そうしているうちに「ペヤングの激辛のやつは卵を入れるとちょうどいい」という話を聞きました。ちょうど冷蔵庫に卵が残っていたので第三陣は卵に協力を仰ぐ...

ナイスガイと言われたい

 なぜだかわからないが、「ナイスガイ」という言葉が自分の中で褒め言葉としての高い位置にある。言われたことないけど。たぶんイケメンだとかハンサムだとかより言われたときの嬉しさは大きいのではないかと想像する。どちらも全然言われないけど。というわけでナイスガイと呼ばれるための条件を小一時間真剣に考えてみた。 ・礼節を弁えている これはまず間違いない。礼節を弁えないナイスガイなんてありえない。たとえイケメンでもハンサムでも、礼節がない者はナイスガイとは呼ばれないのだ。似た概念にジェントルマンというのがある。 ・一時の感情に流されない 喜び、怒り、悲しみなどはときに人の判断能力の鈍らせる。しかし、それに流されず、常に自分のもつ確固たる価値基準のもと冷静に判断する、これがナイスガイじゃなかろうか。似た概念にハードボイルドというのがある。 ・感情には流されないが"情"には流される なんだかんだ言って優しくしてしまう。いわゆるギャップ萌え的なやつである。 ここまで挙げたのはたった3つの条件だけどとても難しそうだ。僕がナイスガイとなれる日は来るのか… 皆さんの考えるナイスガイの条件があったら教えて下さい。

2日連続でスーパーに行くのは精神衛生上好ましくない場合がある

 最近少し嫌だったこと。 土曜日、スーパーで食料の買い出しに行った。そこで僕は豚ミンチを100gあたり128円+税の値段で買った。持参したマイバッグがほぼいっぱいになるくらいの食料をとりあえず調達した。帰宅して買ったものを冷蔵庫に並べると一週間分の食料としては少し物足りないような気がした。また、いつも朝食用として買っている、割引のパンも買い忘れたため、翌日もまたスーパーに行こうと思った。 日曜日。意気揚々とスーパーへ向かった。肉のコーナーへ行くと豚ミンチが100gあたり98円+税だった。僕は愕然とした。こんなことがあっていいのかと思った。 というわけで2日連続で同じスーパーへ行くのは精神衛生上好ましくない場合がある。これを回避したければ週末はチラシをチェックして何を買うか見定めて行くべきだった。 今日は何の日。 今日は1月18日で118番の日。118番は何の電話番号か知ってますか? 海難事故や不審船目撃の際に使う、海上保安庁への緊急通報用電話です。僕は知ってましたよ、なぜなら昔ピタゴラスイッチのアルゴリズム行進で言っていたので。 この118ですが、今日のNHKニュースによると通報の99%が無言電話や間違い電話だったようです。周知のためにも全国民ピタゴラスイッチを見るべき。

一昨日のブログの反省など

 一昨日は久しぶりにああいう系統のブログを書いた。振り返ると反省点があった。 まず第一に、髪を切るのをビビっていたこと。覚悟を決めてやったつもりだったが、翌朝鏡を見ても前髪はそんなに変じゃなかった。ビビって前髪を少ししか切らなかったのだ。改めて見ると筆の毛量が少ない。このビビリが入ったせいで面白さが2割減になったのは反省したい。 第二に、もう少し深堀りできたんじゃないかと後になって思う。寝ようと思っていたころに不意にひらめいて、突貫工事で敢行したから深堀りを考える余裕がなかった。深夜ではなかったけど深夜テンションみたいなもので、勢いだけでいってしまったことは否めない。具体的には、髪に処理をすると書き味は変わるのか(なにもしない髪、シャワー直後の髪、寝癖直し液で処理した後の髪など)、いい感じに墨汁代わりになるものはほかになかったのか、上手く色がのる紙はほかにないのかなど。これがなかったので面白さが3割減になった。次に実験系というか、検証系のネタをやるときは冷静になって、勢いだけでやらないようにしたい。 字数稼ぎのために今日はなんの日のコーナーをやります。 今日は1995年に阪神淡路大震災が起こった日であり、防災とボランティアの日。昨年は九州地方で豪雨による水害があり、多くの人が命を落とした。また、今年は東日本大震災から10年の節目の年でもある。南海トラフ地震、東海地震、首都直下型地震などはいつ起こってもおかしくはないとずっと言われ続けているが幸いなことにまだ起きていない。しかし、災害というのはなぜかそうやって気を抜いたときに襲ってくるものであるとも言う。身の回りの防災に関わる準備、ことがらを改めて点検しておくといいかもしれない。

家にあるもので頑張って書き初めしてみた

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 以前、書き初めをしたいみたいな話を書いた。 水で書ける紙だとか、筆は100均にあるとかそういう話をしたが、目下11の都府県で緊急事態宣言が発令されており、ステイホームがより強く叫ばれる世の中である。良き市民である自分としては紙と筆のために出かけるのは気が引ける。というわけで家にあるものでなんとか書き初めをしてみた。 まず必要なのは筆だ。自分は馬の毛でできたものをかつて使っていた記憶がある。調べてみると、合成繊維で作られるものもあるようだ。なにかそれに準ずるものはないだろうか。 というわけで思い切って自分の前髪を使ってみることにした。少しあれば小筆くらいは作れそうな気がした。写真を撮ってみたが絵面が悪かったので割愛。 3cmくらい髪をとったら、次はそれをまとめる作業だ。新品の筆を使うときには糊をとる必要があった覚えがある。とりあえず根元部分を接着剤でまとめることにした。 これは2年くらい前にマグカップの持ち手部分が取れたのを直そうと買ったもの。中で固まってしまっていたようで中身を少ししか出せなかった。 次はそれを筆の柄につけていく。紙を巻いて、髪を巻く。 紙の中のどこかに髪がある。 適当にアタリをつけて切って… ジャジャ~ン。強度に不安があったので紙の口径を紙テープで小さくした。接着剤なんか使わず、最初からテープで髪をまとめておけばよかったとここで気づいた。 墨汁や半紙ももっていないのですべて自前だ。硯代わりはお弁当用のおかずケース。墨汁代わりは以前100均で買った朱肉インク(よく滲んで押し直しを求められるので買い物として失敗だった)。半紙代わりは色がよくのりそうなトイレットペーパー。そしてマイ筆。 いざ!! おっ……!?!?!?!?!?!?!?!? ということで、アレが収まり世界が日常を取り戻し、いがみ合っていた国同士が仲良くなることを願って「世界平和」をしたためてみた。 「平」はなかなかひどいが「和」は頑張ったんじゃないだろうか。「つよき」の「き」も個人的には好きだ。端的に言えば普通に下手なのだが、なんとなく全体的に不穏な感じがして、「全く平和でない世界の人が本気で平和を希求して書いた」という感じがして逆にいい味を醸し出している気もしないでもない。 ちなみにインクはやはり滲むようで、少し時間が経つとたちまち読めなくなってしまった。 というわけで市販の筆や...

日常に目を向ける

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 昨晩、どうしたらブログを書けそうか一通り考えて、とりあえず日常に目を向けてみようと思った。いつも自転車で通う道を、ゆっくりと歩いてみようと考えて床についた。 朝。アラームよりも少し早く目が覚めたが、アラームが鳴るまでは努めて目を閉じておく。やがてアラームが鳴り、コーヒーと昨日買っておいたパンとで朝食にする。コーヒーのカフェインが効いてくるまで少し時間がかかる。まだ眠い頭のまま、秒速5センチメートルを見る。今はプライム会員特典の見放題ではない(はずだ)が、2、3年前に購入していたのでこうしていつでも見られる。Amazonがサービスをやめるまで、つまりインターネット回線さえあれば半永久的に見られるわけだから悪いお金の使い方ではなかったなと思う。言の葉の庭も買ってみようか。 やがて家を出る時刻になる。Google Home miniに今日の天気を尋ねる。くもりのち晴れ、最高気温12℃。ここ一週間ほどずっと寒かったし、昨日は確か最高気温9℃と言っていた覚えがあるから、久しぶりに気温が10℃台に乗ることになる。 霜を写したかったがわかりにくい 外に出ると確かに、ここ何日かと比べると暖かいような気がした。それでも、朝早い時間帯はまだまだ冷えるようで、霜が降りていたりもした。草木や路面に降りた霜が蒸発しているのだろう、50m先、100m先の景色は白く霞がかっていた。 空を見上げると文字通り、雲ひとつない青空だった。こんな青空は久しぶりに見た気がする、と思ったがそもそも僕は普段から空に意識を向けていないのかもしれない。昨日は終日どんよりとした曇り空だったのは確かな記憶がある。しかし、一昨日は?その前は?と聞かれると答えられない。数日前の空がどうだったか答えられないなんてなんだか悲しい大人じゃないだろうか。今日を契機にもう少し空に意識を向けてみようと思った。 青い、青すぎる 普段何気なく通り過ぎる場所に山茶花(?)が咲いていたり、なんだかわからないけど黄色くて綺麗な花も咲いていた。こちらは信号の手前にあり、迷った結果写真を撮らずに急いで信号を渡るのを選択した。 ピンボケしているのはご愛嬌 ほかにも、夏草が絡んでいた放置自転車がいつの間にか撤去されていたり、街路樹の枝が落とされていたり、数ヶ月気づかなかった変化に気づいた。 ということでなかなか発見があったのでみんなもたまに時...

ブログを書きたい

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 週4回以上ブログを書くという目標を定めたのはいいものの、日々何も考えず、何も行動せず生きている身としてはなかなかネタがないというのが実情です。最近ネタがない問題解消法として思いついたのは「今日は何の日」戦法。文字通り、今日は何の日かを調べてそれについて書くというもの。問題は仮に何年もブログを続けていったら、内容の重複が起こりうるというところ。まあ何年も続けられる気なんてしないんですが。 というわけでヤフーきっずによれば今日はスキーの日。「1911(明治44)年のこの日、オーストリアのレルヒ少佐が新潟県・高田陸軍歩兵連隊の青年将校に初めてスキー指導を行ったことを記念した日。」とのこと。そういえば日本で最初にスキーが行われたのは新潟県だとか聞いたことがある気がする。 スキーといえば…ってほどでもないですけど、この年始の日本海側の大雪はすごかったですね。停電・断水・物流が滞ったことによる物資の不足などかなり影響があったようで。残念ながら、車のなかで一酸化炭素中毒になるなどして亡くなった方もいたようで。 僕の地元でも10年に一度だとかそういうレベルの大雪だったみたいです。両親も老体に鞭打って雪かきに追われたとか。自分が何もしてあげられないのがもどかしかったですね。こういうときは特に、「近くに居てやれたら…」なんて思ってしまいます。今は一旦雪は落ち着いたようでとりあえず一安心。 写真は親が送ってくれたつらら。

キャベツ生活

 昨日の夜、凍える寒さの中、意を決してスーパーで買い物をしに行った。しかし、肉や野菜が多数品切れとなっており、無駄足となった。腹が立ったので惣菜コーナーでお好み焼と唐揚げを買って食べた。 今日の昼頃、仕切り直してまたスーパーへと向かった。最近は回鍋肉を極めようとしているのでキャベツが買いたかった。昨日は品切れキャベツ。今日はちゃんと売っていたが一玉でしか売っていなかった。独り身だとキャベツ一玉は傷んでしまう可能性が高く、できれば半玉を買いたかった。やむを得ず一玉のキャベツを買った。数日でキャベツを食べまくろうと思う。 今日1月10日は日本マイクロソフトがWindows10の日と定めているらしい。Windows10がリリースされたのは2015年7月で、もう5年半が経過しようとしている。光陰矢の如しって感じだ。冗談抜きで2015年って2,3年前に感じるんだが。マジで怖い。

ちょっと最近寒すぎやしないだろうか

寒すぎる。雪こそ積もらないが最近の冷え込みはとても厳しい。一応世間では雪国と呼ばれるところで生まれ育ったのだが、屋内では断然実家のほうが快適だ。石油ストーブはガンガン焚くしコタツもあるし窓は断熱性が高い。外に出るのも雪かきのときくらいで、作業しているうちにすぐ体が温まる。車に乗ったときに車内が暖まるまでは少し寒いかな、くらい。とにかく朝布団から抜けるのと、支度して外に出るのが億劫だ。 この週末は文具屋に行って筆とか半紙とか見てみようかなとか考えていたが無理そうだ。スーパーで食料品を買い込む以外は部屋から出ることなく過ごすことになりそうだ。夏の暑い日には「冬のほうがまだマシ」と言い、冬の寒い日には「夏のほうがまだマシ」と言う。我ながら身勝手な生き物だ…… ところで今日は平成改元の日らしい。1989年の1月7日に当時の小渕恵三内閣官房長官が台紙を掲げて発表し、翌日の1月8日から平成になったらしい。平成のはじまりももう30年以上前の出来事だという事実が恐ろしい。もうすでに「平成」に取り残されてしまった感もあるがなんとか令和についていけるように頑張っていきたい。

書くことがないです…

今日は爪切りの日らしい。手の爪は週に一回くらい切っているけど足の爪は放置しがちだ。おかげで靴下のつま先が破れがちなので今年は足の爪を切る頻度を多くしたいと思った。 ところで今日は東京都で新型コロナウイルス感染症の検査で陽性者が2447人報告されたようだ。ちょうど一年前はまだ武漢の肺炎を対岸の火事のように考えていたが今やこの有様で逆に笑えてくる。感染拡大の第一波、第二波が比較的少ないダメージで済んだことによって、大丈夫だろうというムードが広がってしまっているように思える。 自分にできることはよく食べ、よく寝ることだ。 よく食べる、といえば最近粗食気味なので意識的に栄養をとっていかないとなと思う。

書き初め懐古・検討編

 今日も書くことないな、けっきょく継続なんてできなそうだなとか思ってたらふと 「そういえばもう何年も書き初めをしてないな」 と思った。 wikipediaによると新年になって初めて毛筆で字や絵を書くことを指すらしい。この書き初めという風習に乗じて小中学校では新年に書道大会があった。おそらく自分に限らず多くの地域でそういう流れになっていたのではないだろうか。 自分の通った小学校では1,2年生は硬筆で競い、3年生から毛筆を使うことになっていたと記憶している。「白いはと」とか「世界平和」とか「友好の精神」とか書いた記憶がある。硬筆では校内で入賞したことがあったが、毛筆では残念ながら中学校を含め、一度も表彰されなかった。そういえば書道大会の本番は学校の廊下だったり体育館だったりで、めちゃくちゃ寒かった覚えがある。 最後に"書き初め"をしたのは中学3年が最後だ。そんな私が今、デカデカと、よくわからないがかっこい言葉を大真面目にしたためてみたい気持ちに駆られている。 今すぐにでもやりたいのだが、生憎道具がない。書道セットは実家に長年置きっぱなしだ。筆ペンでもいいのかもしれないがサイズ的に物足りない。しかし、今硯、筆、墨を揃えるといつ使うかもわからないのにさすがにちょっとなあ…って感じだし部屋や衣服の汚れも気になる。ということでいろいろ調べてみると筆に水を含ませて書くと紙の側で色がでるものがあるらしい。そういえば自分が幼稚園児のころ、水で書いて何度も使えるひらがな練習ボードみたいなものがあった。そういう感じなのだろう。筆なら100均でも売ってるから費用の面でも扱いの面でもいいのかもしれない。この方向で検討してみたい。 書き初め実践編、あるかもしれません。

今年もやっていこう

 年末年始休みが終わります。 僕には自由な日が9日ありました。9日あったらいろいろなことができそうなものですが、寒さに耐えかねて、布団に包まっているだけで時間が過ぎていきました。でも悲観しなくてもいいと自分に言い聞かせます。年末年始の休みで何か有意義なことを成し遂げられる人間なんてほんの一握りしかいないだろうからです。小市民たる僕にはこれくらいがちょうどいいのだと思います。 年が変わると目標立てたりしますけど、いつの間にかそれが苦手になってたんですよね。中長期的な目標を掲げるなかで、年単位で見ると下方修正せざるを得ないことが多くて(まあ、自分がやるべきことをやらないからそういう状況になるんですが…)。というわけで、今年は抽象的な目標にしておこうと思います。 「地に足をつけてコツコツとやっていく」 これにしようと思います。「コツコツとやっていく」にはもちろんこのブログのことも含まれます。年末に今日のブログを見返しながら振り返れたらいいですね。