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2022年5月①

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 5月は早かった。前半3分の1が休みだったのだから当然の話ではある。GW明けは平日に適応できるのか不安だったが、3週間過ごしてなんとかペースを取り戻せたような気がしている。7月18日の海の日まで祝日がないから6月も大変そうだが、梅雨のどんよりとした空気に負けず頑張っていきたい。 ========== GWに帰省するのは4年ぶりのことだった。そのときは祖父が体調を崩して入院し、親が「次いつ会えるかもわからんし一応顔見せに来てくれ」というので帰省したのだ。祖父は、そのときは無事快復し退院したのだが、翌年の4月に突然逝った。あれからもう3年以上も経つということに時の流れの速さを感じる。あのころ自分は何を考えていたのだろうと思って、Google Keep を覗くとこのようなメモが残っていた。 大学進学以降はずっと惰性で生きてきたとすっかり思い込んでいたが、このころの自分はまだ日々がむしゃらに藻掻いて、足掻いて、人のためになろうとしていたのだと思った。しかしそんな純粋な想いはいつしか消え去って、今の私は人に優しくできず、自分が何をしたいかという意志もなくただ毎日を過ごしている。 === GWの帰省では久しぶりに地元の友人にも会った。まず、2019年の夏ぶりにSと会った(アレのアウトブレイク以降数回、グループでビデオ通話をしたことはあったが)。それも、私と彼との二人きりで。Sとは小学生のころからの仲だが、サシで食事に行ったりすることは今まで全くなく、お互いに「珍しい組み合わせだよな」と苦笑いしながらの再会だった。 Sが車で私を迎えに来てくれて、二人で昼食を食べに行く。はじめはどこかぎこちない私たちだったが少しずつ自然体になっていく。約3年の隔たりは速やかに溶けていって、そんなものは10年以上の付き合いに比べれば些末なことだったと思えた。 Sは高校を卒業してから地元の比較的近く、車で1時間半ほどのところで働いている。彼には高校2年生から付き合っている彼女がいて、もういつ結婚してもおかしくないとここ何年か勝手に思っていたがそのような報せは未だない。共通の知人の最近の動向の話題になってきたところで、話を振ってみる。 「Sは彼女とは最近どうなの?もうだいぶ長いし、それこそ結婚とか」 Sに会ったら一番聞きたいと思っていた話だ。 「いや全然だよ。そりゃもう7年?付き合ってるし、そう...

日食なつこ ミメーシス

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 日食なつこが3月30日リリースした4thアルバム、「ミメーシス」。 ミメーシスとは西洋哲学の概念で、「模倣」や「擬態」のような意味(wikipedia)。 “擬態”が具体的に何かというと、コロナ禍になって、しばらく触れていなかったもの……例えば映画や小説、マンガ、ゲーム、アートなどに触れる時間が増えたんですよ。そのなかで「いいな」ってビビッときたものへのオマージュというか、二次創作的に曲を作ってみたんです。オタクの一人遊びなんですよ、つまり(笑)。 ( https://www.billboard-japan.com/special/detail/3527# より )   上記のインタビューでは、音楽活動を始めてからは嫉妬が先に来てしまって、人の作品に触れられなかったと語っているのが意外で印象的だった(と同時にそういう姿勢だからこそ、混じり気の少ない、彼女独特の表現につながっていたのかもしれないと思った)。 音楽はもちろん、マンガもアートもゲームも映像作品もそうなんですけど、素晴らしい作品に出会うと嫉妬してしまっていたんです。でも、2020年の春に音楽業界がストップして、「今だったら嫉妬でグチャグチャになっても大丈夫かも」と思って。 曲のほうの話へいくと、個人的には「meridian」がとても好きだ。暗い気分になったときに寄り添ってくれるような感じがする。 この曲は12年前、高校3年生の受験期に作った曲だという。 ――「meridian」を歌うと当時の気持ちを思い出す? うん、すごく蘇りますね。この歌詞は実際のエピソードがもとになってるんですよ。進路に悩みまくった友達が、悩んだ末の結末を話してくれて。学校の女子トイレだったんですけど、そのときの風景も覚えているし、あの時間のことが身体に吸いついて離れないんですよ。 ――日食さん自身も未来に対して明るい希望を持てずにいた? 明るい希望はなかったですね(笑)。暗い曲しか書いてなかったし、30歳になった自分もまったく想像できなくて。18歳のときの自分が今の私の作ってる曲を聴いたらビックリすると思います。 僕も暗いことばかり考えている人間だから、「希望だけじゃ生きていかれないよ」という歌詞はかなりグッとくるものがある。一方で人生経験を重ねてきて、それこそ18歳のころからは大きく成長して、希望が持てないなかで...

suicide

  学部生時代、大学の寮に住まわせてもらっていた。民間のアパートの家賃の相場の半額以下で住むことができ、家が裕福でない私は非常に助かった。 2年生のときだった。朝、授業を受けるために登校しようとするとパトカーが停まっていた。刻限が迫っていたため、なぜパトカーが停まっているかについてはあまり考えずに大学へ向かった。 昼過ぎごろになって、寮生に対し、「寮内で学生が死亡した。夜に大学からの説明がある」という旨の連絡がまわった。夜の説明の場に私は出席した。大学側からの説明は「寮生が寮内で死亡した。みなさんにとってはショックな出来事かもしれない。何かつらいと感じることがあったら大学の相談センターを利用してほしい」程度のものだった。 公式の説明はこれにとどまったが、自殺であるというのが専らの噂となった。 ここで寮内の学生間の距離感について触れて起きたい。私の記憶が定かであれば寮には200人あまりの学生が居住していた。男子寮と女子寮があり、建物こそ違えど隣接しており、飲み会や寮内のイベントで一定の交流はあった。 寮内での共同生活の基本単位はフロアであり、例えば2階に居住していた私は普段頻繁に関わるのは同じく2階に居住していたおよそ15名のみであり、ほかの階の学生については以前の寮内イベントで少し交流があった者、学部が同じで授業などで多少関わりがあった者などと会えば立ち話などはする程度のものであった。であるから、以下で私が話す噂の内容は、死亡した学生が居住していたフロアに、ある程度親しい友人を持つ、私のフロアの先輩が語っていたものとなり、私自身は噂の発信源からはかなり遠い位置にあったということは断っておく。 死亡した学生は4年生の男子学生だということ、部屋のドアノブにタオルを結び首をつったらしいということ、遺書があったかはわからないが、周囲には4年生となり卒業研究のために研究室に配属されたが、研究室の先生から厳しい叱責を受けてかなり辛いと漏らしていたらしいということ。 何よりも個人的にショックだったのは死亡した学生を発見したのは彼と交際していた、女子寮に居住する学生だということだった(男子学生が女子寮に出入りすることは禁止されていたが女子学生が男子寮に出入りすることは可能だった)。そしてその女子学生はひどく憔悴しきっているということだった。 哀れみもあったろうが、ほとんど怒...