投稿

3月, 2023の投稿を表示しています

感謝と決意と色々

  修論関連の諸々を済ませてしまって、いよいよ私のモラトリアム期間も最終章といったところだ。 高校を卒業してからの6年間で得たものや感じたことは様々だが、何よりも先に書き連ねておかなければならないのはやはり感謝だ。 このモラトリアム期間だけでなくそれ以前からもずっと生活を支えてくれた両親には、どれだけ言葉を尽くしても与えてくれたものに報いることはできないだろう。当たり前のことだが親はいつまでも居てくれるものではない。「いつか」などと言わずに可及的速やかに親孝行をしていきたい。 そして、ここに書くのを躊躇う気持ちもあるのだが、社会に対しても大きな恩があるということに触れないわけにはいかない。 まず第一に、無利子で日本学生支援機構奨学金を借りることができたこと。この学資金貸与事業はかつて貸与を受けた方の返還金が原資であり、そして公財政も投入されている。この事業では返還滞納などでネガティブな話題も多いが、自分の責任の範囲において借りた限りでは有用なものであったと思う(私は無利子だから言えるという部分もあるが有利子でも金利は抑えられている)。私はそこに恩義を感じているし、何らかの形で次世代へと還元していかなければならない。 第二に、授業料の免除を6年通して受けられたということ。私の大学は国立大学なので、私立大学の特待生制度のような成績に大きく左右される制度ではなく、おそらく家庭の困窮度が第一のフィルターになっておりその次以降で成績によるフィルターをかけ、認否が決まるという制度だ。そのおかげで特別傑出した成績というわけでもない私でも授業料を免除していただけた。もともと学部卒で就職するだろうと考えて大学に入学したのだが、この免除のおかげで大学院の博士前期課程まで進むことができた。 これらの恩に対して、私は報いる必要がある。親孝行ならぬ社会孝行だ。それに対する活動の度合いは何段階かに分けられるだろう。 レベル0…働く。奨学金の返還を遅滞なく行う。 レベル1…働く、それも一定以上のコミットを見せ、会社や世の中に貢献する。奨学金の返還を遅滞なく行う。 レベル2…レベル1と同程度に働く。奨学金の返還を遅滞なく行い、可能な範囲で、公益を目的として活動する団体などに寄付をする。 レベル3…それ以上 なんとかレベル1くらいには到達したい、しなければならないと思う。また、「寄付」を掲げ...

研究について思ったこと

 以前からも時々触れているが、筆者は修士課程の大学院生だった(身分としてはこの3月末までそうなのだが)。研究室配属後の3年間を俯瞰してみて、思ったことをつらつらと書いていきたい。 研究を頑張っていた過去の自分に何かを伝えるとしたら、「やってもやっても結果が出ないときは出ないものだし、逆にうまくいくときは前触れもなく突然うまくいく」ということを1番に伝えたい。 3年間の大半は一歩進めたかと思えばまた戻ったり、活路が見えたと思ってアクセルを踏み込んでみたが思った道ではなかったりと、そんな感じだった。実際、修士論文も査読付き雑誌に投稿した論文も、主要なデータは修士2年の秋以降にとれたデータで、それまでに行った実験も無駄ではなかったが成果物においては補助的なデータにしかならなかった。修士2年の夏までは本当にダメダメで、それなのに秋になって突然道が開けて、なんとか論文投稿・掲載にまでこぎつけることができたのだ。その時期に何かを変えたというわけでもなく、なぜかうまくいくようになったものだから本当に驚いた。うまくいっているときのメンタリティでいれたら就活ももうちょいいい感じだったんじゃないかと思った(これはただの負け惜しみ)。感覚的には不思議なものだが、人の話でも「研究ってのは割とそういうところがある」と聞くこともあるから本当にそういうものなのだと思う。既知の情報をもとにうまくいきそうな道を選ぶのだが、うまくいかなかったとしても「これではうまくいかない」という情報を得て再度取り組む、少なくとも私にとってはそういう作業だった。 また、いろいろな物事について言えることだが、「作業をやる順番」のセンスがあるといいと感じた。研究をやるうえで、実験・実験の下準備・文献を読む・資料作成など様々な作業がある。これらにいつ取り組むか、どういう順番で取り組むかによって効率が大きく変わってくる。 イメージとしては、公務員試験の数的推理の問題で駅伝の走順を決める問題に近い。「A, B, Cの三人が、たすきをつないで図のようなコースを走った。スタートからゴールに要する時間が最も短くなるようにたすきをつなぐ地点を決めたとき、要する時間はいくらか」という問題文があり、A, B, Cはそれぞれ平坦な道、上り坂、下り坂で走るスピードが様々だという設定の問題。 私の場合、一つのことに集中する傾向が比較的強...

変化を拒む…ことはできない

 3月も残り一ヶ月となった。ここ2週間ほどは、街を歩けばスーツやドレスを着た両親と歩く幼稚園児、袴姿の若い女性などを見かけることがあり卒業シーズン、別れの季節であることを感じさせられた。 私も4月から環境が変わる人間の一人で、それも学生から社会人へというおそらくは大きな変化となる。帰省とちょっとした旅行は3月上旬のうちに済ませており、それからはずっと、特にやることがなく苦痛だった。このことはまあ別の話としておいて、今月に入ってからずっと「4月からの自分はうまくやっていけるだろうか」という答えの出ないことを悶々と考えている。ひとことで言えば不安に押しつぶされそうなまま日々生きている。 思えば、小さいころから環境の変化が本当に苦手だった。小学校の低学年のころには、父の解雇後の再就職に伴って転校を経験した。ちょうど年度の切り替わりのタイミング、4月の始業式から転校となったが、そうなってしまったことが嫌で嫌で仕方がなくて、「こんなところに来たくなかった」と思いながら初日の午前中は机に突っ伏してずっとメソメソしていた。同級生が声を掛けてくれたから新しいクラスメイトとも打ち解け、楽しい学校生活を送ることができたが、あのまま自分の殻に閉じこもったままだったらどうしようもない日々になっていたと思う。 それからも中学校、高校、大学とステージが変わっていくごとに環境の変化に戸惑ってうまく適応できたりできなかったりした。結果はともかくとして、環境が変わる直前、つまりはこの3月という時期にはいつも自分は新しい場所でやっていけるだろうかということばかり考えていた。 しかしながら、冷静に考えてみれば結果的に多少の失敗はあれどなんとか今日まで辿り着いたわけで、それを踏まえるとこれまでのようにその場その場で努力をしていれば、そう悪い結果にはならないだろうとも思える。そもそも、今こうしてビクビクしていることそれ自体は未来に対してプラスの作用をもたらさない。 「飛び込んでみれば意外とやっていける」 今回もそう思えるようにその場その場で正しい努力をしていきたいと思う。私の未来に幸あれ。